WEC第4戦LeMans24hに怒れるファンへ

(2023/06/12追記)この記事はル・マン24hハイパーポール後、本戦スタート前に書かれた記事です。

どういう記事?

怒りたくなるのも分かるし、実際怒ってもいいんだけど、怒る相手は正確に捉えておこう。という記事です。

はじめに

いよいよ待ちに待ったLe Mans24hが始まりました。LMP1どころかGT1時代まで遡らないと見れないほど盛況なハイパーカークラスにおいて、王者トヨタはどう戦うのか、挑戦者たちはどう立ち向かうのか目が離せない…と言いたい所なのですが、何やらとてもきな臭い雰囲気が漂っています。

ACOによる突然の最低重量変更により、かなりのウェイトを積まされたトヨタはFree Practice、ハイパーポールともにパフォーマンスに苦しみ、豊田章男会長までもがチクリと苦言を呈す始末となっています。(しかも、記念すべき100周年の祝辞の檀上で)

この理不尽で不可解な性能調整に対して、Twitter上では義憤に駆られた多くのファンが声を上げていますが、中にはだいぶ的外れだったり、同じ被害者側であるチーム(後述)を攻撃するような声すら見られます。
そのような声に対して反感を覚えた他のメーカー、チームのファンが更に苦言を呈したり、「トヨタ信者は~」とレッテル貼りを始めたり、「トヨタ憎しおじいちゃん」達が元気になってたりと、 #WECjp は地獄の様相を呈しています。
そんな状況を何とかしたい!と思い素人なりに色々考えてみたのですが、「これだけ見れば何となく分かった気になる!」と言えそうなまとめがまだ存在しない事に気付き、今回筆を取りました。
観戦の隙間に読めるようになるべく簡潔に、Q&A方式+補足という形としますが、あくまで当方素人です。充分信用のおけると思われる記事を出典としてリンクを貼っていますので、時間があればそちらにも目を通して頂けると幸いです。

よく見るコメントとその真偽

Q. トヨタは欧州勢によるアジア差別に晒されている!

A. 晒されていません。
今回性能調整を受けたのはトヨタ、フェラーリ、次いでキャデラックです。申し訳程度の鼻くそ程度にポルシェも性能調整されています。トヨタは最低重量の増加量は大きいですが、フェラーリも相当積まされますし、キャデラックもここまでの速さからすると少し過剰に感じるウェイト増です。
また、トヨタ、フェラーリ、キャデラックの順に1スティントあたりの使用可能エネルギーが若干増やされているなど、弱体化一辺倒の性能調整というわけでもありません(それでも理不尽な部分が多いですが)。
繰り返しますが、アジア差別ではありません。

Q. トヨタは理不尽なBoP調整を受けた!

A. (BoP調整は)受けていません。
WECシリーズにはマシン性能に応じて行われる性能調整(BoP)と、LMHとLMDhの性能差を調整するプラットフォームBoPがあり、調整タイミングは事前に決められています。本来「ル・マンの直前」というタイミングはBoPもプラットフォームBoPも調整は行われないルールでした。(ポルシェのプラットフォームBoP変更の提案が却下されたのはそのため。)

ACO曰く、今回の調整は「BoPではない。ルールに規定されていない性能調整だ」との事で、BoPとは異なるらしいです。今回最大なんじゃそりゃポイントではありますが、BoPではない、という事は覚えていて下さい。

Q. トヨタはBoPが無ければPPを取れていた!

A. 取れたかどうかは分かりません。
HyperPole後に沢山目にした誤解ですが、少し厄介です。
まず、BoPに関しては上で書きましたようにル・マン前に行われた調整はBoPではありません。すなわち、
①「BoP(真)が無ければトヨタがPPを取れていた」という意味で言っている人(=BoP不要派)と、
「BoP(=直前の性能調整)によってトヨタが遅くなりPPが取れなかった」という意味で言っている人が混在している状況です。
①に関しては、そもそもハイパーカークラスはBoPありきのクラスなので、不要と言われても議論のしようが無い、という状況です。もしかしたら、BoP無しだったら一番速いのはプジョー…は無いと思いますが、キャデラックやポルシェの方が速い可能性もあります。つまり、「PPを取れたかどうか分からない」です。
②に関しては第3戦SPAまでにトヨタが2回、フェラーリが1回それぞれPPを取っています。ただし、SPAはフェラーリがコースリミット制限でタイムを取り消された結果トヨタが繰り上げでPPとなっているように、そもそも一発のタイムがフェラーリはトヨタに引けを取らないほど速いです。仮に性能調整が入っていなくても、ル・マンで「PPを取れたかどうか分からない」です。


Q. ACOはル・マン100周年をフェラーリに勝たせたいんだ!

A. ACOは”映え”の事しか考えてません
今回の性能調整の目的は「接近戦を演出すること」と言われています。その為にこれまで速さを見せていたトヨタ、フェラーリ、キャデラックを「ポルシェと同レベルまで引き下げようとした」というのが今回の性能調整の趣旨です。
だまし討ちのようにテストデー直前に変更したあたり、なるべくデータを取らせずにトラブルを誘発して、面白い”映える”展開を作ってやろうという意図を感じます。ただバラストを積ませるだけでは、マシンに力があるトヨタやフェラーリは対応してしまいますから。
フェラーリはトヨタと同じく被害者サイドです。キャデラックは巻き込まれ系、ポルシェは…まあ、ACOからの好感度が高いのでしょう。プジョーは知らん。
HyperPoleでのフェラーリの速さは、彼らの弛まぬ努力がACOの理不尽を跳ね返した結果であって、拍手を送ることはあれど盗人のように貶すことは明確な間違いです。

Q. トヨタはレースペースで勝るのだから、PPが取れなくても問題ないだろう。

A. 「レースペースで勝っているのか」がそもそも分からない状況です。
今回のル・マンにおいては、前述の性能調整に加えてタイヤウォーマーの解禁というジョーカーが存在します。詳細は下の記事で語っているので割愛しますが、特に大きな性能調整を課されたトヨタ、フェラーリに関しては過去3戦のレースペース、タイヤライフ、燃費いずれもあまり参考になりません。スティントあたりの使用可能エネルギー量は増えていますが、その増えたエネルギー量に対する最適化も不十分なまま本戦に臨むことになります。

一方で、鼻くそ程度の性能調整で済んでいるポルシェ勢は過去3戦分のデータをフル活用できますからウッキウキです。

結局信頼性とチーム力でトヨタは勝てるだろう、と思っている人は多いでしょうが、車体の信頼性はともかく、特に「タイヤの信頼性」はかなりの部分で未知数な中でのレースです。本当にレースペースでトヨタが他チームより勝っているのか、蓋を開けてみないと分かりません。

Q. トヨタが勝ち過ぎたから締め付け食らったんだ!自業自得!

A. ル・マン前の3戦も全力で戦うよう仕向けたのはACOです。
BoPの話題で少し触れましたが、独自BoPを設定したセブリングを除きポルティマオからル・マンまではBoPを変えない(プラットフォームBoPはSPAの前に変える可能性がある)とACOは宣言したと言われていました。これは「ル・マンで有利なBoPを獲得するために前戦で遅く振る舞う」戦略、いわゆる”三味線”を防止し、各メーカーが全力で競い合うようにACOが仕向けたものです。

全力で競い合った結果、トヨタが速さと圧倒的な強さを見せ、フェラーリが一年目とは思えないスピードと一年目らしい稚拙さを見せ、キャデラックのIMSA経験を活かした安定感に驚き、イマイチなスピードに首を傾げたと思えば表彰台にいるポルシェに底知れなさを感じ、プジョーは…カッコいいですよね。そんな見ごたえある開幕からの3戦だったわけです。
トヨタが強いのは開幕前から分かっていたことで、そんなトヨタに引っ張らせる形で3戦をこなした後に突然ルール外の性能調整を行う。これを「自業自得」と片づけてしまうのは余りにも悪意ある解釈です。

まとめ

読み飛ばした方にもなるべく誤解無く伝えられるように書きますが、
・”映え”重視でルール外の性能調整を行ったACOが悪。
・トヨタとフェラーリは共に性能調整の被害者。
・フェラーリが速いのは彼らの実力。
・トヨタはデータ不足で本戦に臨むことになる。

ざっくりこんな感じです。かなり早い段階からACOに裏工作をしてたっぽいポルシェ勢に青筋立てたい気持ちはありますが、(↓一か月前の記事)

それにしたって一番悪いのは自ら決めたルールを放映利権のために破り捨てたACOです。ハードワークで100周年の栄誉を掴んだフェラーリを妬んだり、ましてやレイシストのように扱うのは大きな間違いです。
中指は適切な相手に立てましょう。私は4本の中指をフランスに向けて今日は眠ります。では。


(2023/06/10追記)

一晩経って想像以上に多くの反応を頂けた事で、中指の送り付け先WEC公式アンケートを紹介していなかった事を思い出しました。
6月8日から4週間、WEC公式がファンに向けたwebアンケート調査を行っています。以下、紹介記事とアンケートページです。ちょっと長いですが、一応全文日本語です。また最後に自由記入欄がありますので、あなたの思いのたけをぶつけて行きましょう。
ほんの少しかも知れませんが、WECがより良い方向に向かう一助となれれば幸いです。

(追記2)読まなくていいです。

少なからぬ共感の声を頂けて恐縮です。隙を見つけたので自分語りをしてみます。隙を見せた方が悪いです。
当方はハッキリ言いまして、トヨタファンの一人であります。覚えている中で一番最初に好きになった車は100系ハイエースですし、保育園の送迎は祖母のカローラでした。今の愛車はトヨタ製偽ポルシェMR-S、MR-Sの定期点検や整備は祖父母の代からお世話になっている地元のカローラ店で、世界一カッコいい市販車はST205型セリカGT-FOURだと信じて止みません。ル・マンで世界の大メーカーを相手にトヨタが圧倒的な強さを見せて優勝する瞬間を見たい気持ちは強いです。
しかしながら、ル・マンのドラマに魅せられた一人として、あまりにも残酷でありながらあまりにも美しかった2016年の悲劇をリアルタイムで見ていた一人として、ル・マンはあらゆる参加者にとってできる限り公正な戦場でなければならないと思います。この記事を書いたのも、根本的にはそれを自ら破壊しようと試みたACOへの怒りがあります。
今回、ACOに対して怒っているのはファンだけではありません。非常に紳士的な人物として知られるジェントルマンドライバー「モリゾウ」氏も相当頭にきているようです。

…個人的にですが、経営者、財界人、レーシングドライバー、車好きの変なおじさん等々数多の仮面を使い分ける人が一瞬素で見せた怒りというのは一番怖い気がします。


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