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明日ちゃんのセーラー服はこんなにも奥深い

皆様、明日ちゃんのセーラー服読んでいるでしょうか?

この記事は原作を読んでいることを前提に書いてあるのであらかじめ読んでいただいた方がわかりやすいと思います。

というか面白いので原作読んでください。お願いします。


この記事は個人的に思った明日ちゃんのセーラー服ここがすごい
をつらつら書いただけのものです。

いつも通り個人的な感想であってこれが正解とかではないので解釈の一つ程度に読んでください。





画力が高いのは大前提


まず大抵の方が読んで思う事は”画力が高い”だと思います。
なのでこの作品は作画、絵の上手さが注目されがちですが、
実際のところこの作品においては画力が高いという部分は特長ではあれどもそれが最大のウリではないということ。

この作品において画力が高いのはあくまでマンガを描く上で道具のひとつであり、マンガを構成する要素の一つに過ぎません。

つまり明日ちゃんのセーラー服において”画力が高い”事は一つの魅力ではあるけれど、それ自体は作品の最大の魅力ではなく、むしろ作品でやりたい事を表現するための大前提であるという事を覚えておいてください。





マンガ表現


明日ちゃんを読み始めた時、恐らくほとんどの人はこういう場面に目が惹かれると思います。

*1

コマというよりは1ページ丸ごと使って動きや仕草を表現するページが多く見られると思います。

この手法には効果が3つあって

1つめはこの”コマ”というレンズを一つ取り払って全身を描きくことでキャラクターの動作がコマに収めるよりダイナミックに見える。

2つめは1ページに一連の仕草を詰め込む(上の画像の右)又は複数ページ使うことでコマで区切るより動画的な表現に見える。

(具体的なイメージで言うとコマで割ると写真1枚1枚を順番に見ている感覚、上記の手法はハイスピードカメラで撮影した映像を見ているという感覚が近いと思います)

最後に3つめが物語、その話数で特にインパクトを残したいシーンを一枚のイラストや写真のように表現できるので重要な部分を読者にしっかりと伝えやすい。

この1つの手法だけで上記3つの効果が期待できます。

ですが、これを効果的に使うには1つ大きな条件があって、
それがイラストが滅茶苦茶に上手くないといけないという事。

動きをダイナミックに見せる、一枚絵でのインパクト。
特にこの二つは画力が高いことが大前提の上でこの手法が成り立ちます。

極論で考えると棒人間のイラストで同じ手法を取って、動きがダイナミックに見え、一枚絵のようなインパクトを残すのは難しいです。

なので最初に話した通り、この作品において画力が高いのは大前提になる。
というわけです。




色の使い方


WEB連載がメジャーになってきた昨今、漫画の途中にカラーを使う手法が増えてきました。
明日ちゃんのセーラー服もその一つです。

この作品が色の使い方において他を逸している点は
”多くのパターンを持っている”ことです。

明日ちゃんのセーラー服では
キャラ単体だけ塗る。
見開き2ページ丸ごと塗る。
背景だけ塗る。
塗り方の違い。
抽象的な塗りで想像の中を表現する。
塗りとモノトーンを混ぜる。
などカラーだけでも数えきれないくらい多彩な表現を扱っています。

その中でも特に頭抜けた表現を2つ紹介

一つはこれ

*2
わかりにくいですが矢印の部分から色がついています


2ページにわたって徐々に色を付けていく表現。

これは小路が同級生全員の名前を声に出しながら下校するシーンで、
これまで同級生はおろか妹が来るまでずっと一人で学生生活を過ごしてきた
小路にとって一緒に学び、遊び、お喋りができる同級生が初めてできた。
そしてその幸せな時間がこれから3年間ずっと続いていく。
そんな”喜びと実感がじわじわと湧いてくる感覚”を徐々に色付けることで
表現している場面。
天才。


そしてもう一つ

*3

カラーを道具や目などの”注目させたい一部”として使うだけでなく
水彩のように伸ばすことで色によって”動き”を表現している場面。
天才。

他にも息を呑むような表現がたくさんあるので是非色んなカラーページを注目してみてください。




キャラクターデザイン


ここで言うキャラクターデザインとは見た目だけではなくて
性格、人間関係、バックボーンなどキャラクターに関わる全て、
キャラクターの設定まで全てを含めた上での話。

前者の見た目の部分と後者全てをまとめて内面の部分として2つに分けて話していきます。

*4

これが1年3組の名簿
(色があってわかりやすいのでアニメ版を使用しました)


まずは見た目から。

パッとみてわかると思いますが派手なキャラがいません。
髪の色も髪型も目の色も、小路と蛍以外は普通です。

考えてみれば当然の話で、僕らが実際に生きている世界の
田舎の中学生がピンクやら緑の髪で、赤い目や黄色い目で、
毎日セットするのに何時間かかんねんみたいな髪型をしているわけがないんですよね。

見た目が現実に近ければキャラクターに感じる印象も現実に近くなるので、
僕たち読者も彼女たちが起こす物語がリアルに感じるし、親しみも覚えやすいです。

この見た目が全体的に地味っていうのは実はかなり凄いことで
普通はキャラクターが見栄えしなければキャラクターに印象がなくなって誰だかわからなくなったり、作品そのものに華がなくなる可能性があるのでキャラクターを地味な見た目にするのは極力避けたいところだと思います。

ですが明日ちゃんのセーラー服ではキャラクターの見た目を地味にすることで上記のような理由から逆に作品の魅力を更に引き立たせています。

りりが水泳部だから髪色が薄いみたいな芸が細かい部分も最高。



次に内面の部分

明日ちゃんのセーラー服のキャラクターにリアリティを感じるのは見た目もさることながら内面の影響がかなり強いと思っています。

1つは
バックボーンによる性格の形成を感じ取れること。
つまりキャラクター一人一人にこれまでの人生を感じられるということです。

例えば”鷲尾瞳は身長が高くてバレーボールが上手い”
という表に見える設定があり、これだけだと
”鷲尾瞳はバレーボールの才能があったので上手いのだろう”というだけのイメージになってしまいます。

しかしこれ以外にも強豪校からの誘いを蹴って恩師の母校を志望した
という設定や年頃の女の子なのにバリカンで自分の髪を短くしようとする場面があります。

これらを踏まえると
”鷲尾瞳はバレーボールの才能があるのだろう”ではなく
”鷲尾瞳は義理堅く真面目な性格。なので他人よりもバレーボール一筋に人一倍努力をした結果、強豪校から誘いを受けるほどバレーボールが上手くなったのだろう”
というキャラクター像まで拡張できます。

こうしたキャラクター自身の設定をしっかり作ることによって
キャラクターにより人間味を持たせることができます。

更にそういったキャラクターの設定がふとした1コマに垣間見えたり、本人以外から語られたりするので説明っぽさが一切なくて尚更本当に生きている人間かのように感じられます。

おそらくこれを1年3組全員分作ってあるのが凄い。


もう一つはこの作品のキャラクター。
特に小路を中心としたスポットが当たる3組のメンバーたちからしっかりと子供っぽさを感じ取れること。
もう一段階噛み砕くと"純粋さ"と"未熟さ"を感じ取れます。

例えば小路のように裸足で走って怒られたように、
裸足で走った方が早いからという”純粋さ”と
裸足で走ると危ないという部分まで気が回らない”未熟さ”
が上手く混在しています。

もう一つの例として
龍守逢は短気な一面があり、中間試験でうまくいかなかった悔しさを無意識に他人に当ててしまうような”未熟さ”と
夏祭りで花緒がお面を取れるよう自分のことのように一生懸命になり、
自分のことのように花緒と一緒に喜べる”純粋さ”があります。

その他にも無邪気に水辺で遊んだり、雨の中ではしゃいだりと僕たちのような社会に毒され穢れきった大人にはない純粋さと未熟さが上手く描かれています。

*5


このようにキャラクターを小路の引き立て役や、物語を進める上での装置として登場させるのではなく、
しっかりとその世界にいる一人の人間としてキャラクターの厚み、奥行きを感じさせるようなキャラクターデザインを作り込むことによって、
無理に派手な見た目にしなくともキャラクターに存在感を持たせることができ、読者はキャラクターたちをよりリアルに感じ取れるのだと思います。




シナリオ


マンガにおいて大きく、そして重要な役割を果たす部分。
結局良いマンガはほぼ必ずシナリオが良いわけです。

とはいえ明日ちゃんのセーラー服は限りなくノンフィクションに限りなく近づけたフィクションの日常系なので今のところは突飛な展開にはなっていません。*6

おそらく今後もないと思います。

つまり物語、シナリオそのものは何の変哲もないただの日常マンガです。

となればそんなありふれた内容のマンガをどう面白くするのか。
その工夫こそがここで話したいことになります。


明日ちゃんのセーラー服において特徴的な工夫は3つ

一つは小路が完全な主人公としての立ち位置ではないこと

もちろん小路は主人公であり、小路を中心に物語が進みます。
ですがこの作品では番外編として小路以外のキャラクターが一時的に主人公になったり、本編でも他のキャラクター視点からの小路がかなりの頻度で登場します。

”小路が中心”の物語というより”明日ちゃんのセーラー服という世界(物語)を中心”にしてその中の明日小路の物語を覗くといった感じでしょうか。

なので小路は同級生と同じ扱いのキャラクターであり、物語の進行上クラスでの立ち位置的に小路視点が多くなるので主人公の立場になっているという感覚が一番近いと思います。

(例えば物語で文化祭を行う際”文化祭を頑張っている小路”という形ではなくて”文化祭を頑張る1年3組を小路視点をメインに追う”というイメージです)

伝えるのが難しいのですがこの感覚が重要だと思っていて、
視点を小路ではなく世界(物語)を中心にすることで二人称視点の小路の魅力を写すことができるし、物語で小路が関わらない部分も違和感なく本編で扱うことができます。


2つめは”小路は人気者”であること

3組のメンバーの誰かが悩みを持ったとき、
それを解決するのは小路ではなく小路に手助けを受けた、又は知らずの内に背中を押されている本人である場合が多いです。

これの良いところは小路以外のキャラクターの魅力を見せられること、リアリティが出ること、そして小路の完全ワンマン漫画にならないことです。

もしこの漫画で小路が悩みを全て解決してしまう場合を少し想像してみてください。

そうなった時、おそらく物語の上でも読者の目線でも小路が何でも解決してくれるスーパーヒーロー(ヒロイン)になってしまいます。

小路という存在はあくまで”人気者”のなのであって”ヒーロー”になってはいけない。
ヒーローになってしまうと小路ありきの世界になってしまうしリアリティも薄れてしまうから。

現実世界でも何事も全て解決できてしまう中学生なんてまず存在しないと思います。
もしいたとすれば「その人に全部解決してもらえばいいじゃん」と誰しもが考えると思います。
これは漫画になっても同じことです。

更に悩みを持った側を自らの悩みをあれこれ頑張って解決する姿を見せることで、そのキャラクターの特徴や設定を説明しながら成長する姿を見せることができるのでキャラクターに感情移入しやすくなり、より魅力的なキャラクターに見せることができます。


3つめは物語で提示された題材に対して物語上と読者とで回答が違うこと。

「?」と思うかもしれません。自分でも「?」となっています。
正直上手く説明できている気がしないので読み飛ばしてもらっても
大丈夫です。

例えば悪の大魔王を倒すという物語があったとして読者が楽しむのはその倒すまでの過程だったり倒した後の達成感だと思います。

これって物語の中でも同じで、新しい仲間が増えて嬉しいだとか、強敵が出てきた時に新しい技を覚えて突破の解決策を見出すだとか、
ジャンルにもよりますが基本的に感情とか物語上の障害に対しての解決って作中のキャラクターと読者がリンクすることが多いと思います。

ここが明日ちゃんのセーラー服では少しだけ違うところ。

作中で小路が恋について考える場面があります。(9巻52話〜参照)
ここでは苗代さんを通して読者には”恋とは何か”の回答として失恋だったり憧れといった回答を暗示しているのですが、
当の本人たち、特に小路は恋についての回答をその場面では得ていません。

要するに物語のその場面には全く影響しない回答、情報を読者だけに与えるということをやっています。

これ題材として提示したものを読者と物語とでそれぞれ別々に意識した状態で物語を進行させないといけないのでかなり高い技術が必要だと思います。

明日ちゃんのセーラー服ではこれを違和感なくできているのが本当に凄い。

おそらく9巻を読んで「あの場面で恋についての知識が得られないのはおかしい」と思う人はほとんどいないと思います。

だって小路がしたことは一緒に走って誘われた部活を断っただけだから。
そこに1つの回答を見出した読者はただ与えられた情報から勝手に推測して回答を見つけ出しただけだから。

*7


シナリオの部分は長かったので簡潔にすると

主人公は小路だけではなくて1年3組のメンバー全員がなり得ること。

小路は漫画の形の上では主人公ではあるけど物語の中では主人公でもヒーローでもないただの1年3組のメンバーであること。

3つめは意味不明なので読み飛ばしても問題ないこと。




おわりに


明日ちゃんのセーラー服は少女たちの成長を描いています。

読者は蝋梅学園1年3組の卒業アルバム(ムービー)を見ているに過ぎません。

ここまで書いてきたことは全て小路を含めこの少女たちの成長物語がどうしてこんなにも面白くて、気になって、目が離せないのか。
それを考察しただけのものです。

なのでここまで読んでいただいてなんですが
こんなクソどうでもいい講釈は全く気にしないで
シンプルに1年3組のメンバーたちの成長を楽しんでください。

結局のところごちゃごちゃ細かいところを気にするよりも
自分が読んで素直に感じたことが一番大事で、
本来その感じたことに理由とか説明は一切必要ないです。

ただこの作品の魅力がどこからくるものでどこがどう凄いのか
少しでも気になった方へ一つの解釈として捉えていただき
感性向上の一助になれれば幸甚です。





おまけ


この作品かなり1人称と2人称の視点が多い。
こういう構図とか視点の部分でもかなりセンスが光っていて好き


ここでもりりからの一人称視点とそれを伝えるための小路の頭越しの3人称視点の構図。こういった構図からも考察が捗るので好き。


水を使って明暗を表現している狂った画力(褒め言葉)
夜の海ってモノトーンで表現できるんですね。


捕らわれたイシダイくん視点


まこ先生とのやりとりには涙が止まりませんでした。



脚注

*1 【左】明日ちゃんのセーラー服[プロローグ]
   【右】同上[第2話]

*2 明日ちゃんのセーラー服[第6話]

*3 明日ちゃんのセーラー服[第18話]

*4 https://akebi-chan.jp/character/

*5【左】明日ちゃんのセーラー服[2巻番外編]
   【右】同上[第25話]

*6 アニメ7話で現実世界にある楽曲が使われていた事も踏まえるとこの解釈が見当違いという程ではないと思います。

*7 明日ちゃんのセーラー服[第52話]


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