日記(12/01-12/11)

 最近、新聞を読んでいる。職場にある北海道新聞。夏先ごろから門井慶喜「札幌誕生」という新聞連載小説が始まって、今は内村鑑三を主人公にした物語が進んでいる。どうやらこの連載は5人の北海道にゆかりある人物を主人公としたストーリー構成らしく、まだ一人目の鑑三で半年近く経っているから先は長い。新聞小説というのを追うのはこれが初めてだから、限られたスペースでの連載、この遅さが普通なのだろうけど。休日のときなどは新聞を手に取らないから、ふとすると知らない人物が登場したりしている。あれやこれやと想像力や文脈で補っていくのも、連載を追う楽しみなのかもしれない。

 連載を読み終え、地方欄のニュースなどにも目を通す。スポーツ記事は縁がないので読み飛ばして、するとお悔やみのページになる。私は新聞の訃報欄を読むたびに、天童荒太「悼む人」を思い出す。直木賞を獲ったその小説は、地方新聞のお悔やみ欄を読んでその葬儀会場に乗りこんで赤の他人の死を悼む人を主人公にしている。高校生のころ読んで、あらすじはもう靄がかって思い出せないけれど、いたく泣いた憶えがある。それで高校の図書室に行って、訃報欄を見ながら、悼む人をすこし真似て、わずか数行に凝縮された誰かに思いをはせたりしたものだ。けれど結局猿真似だから、その習慣は長続きしなかった。また別の小説を読んで、一時の風邪のようにそんな悪趣味は終わった。

 いま改めて、訃報欄を見る。たいていの故人が後期高齢者、名前からしてもだいぶ古めかしいひとたちばかりだ。ただ、数こそ少ないけれど30や40で亡くなっている人もいて、目が留まる。喪主を見る。旦那や妻であるときは気にもならない。しかしそれが父、あるいは母と書かれているとき、私は私の身の上を見ている気分になる。おそらく結婚もせずに実家暮らしか一人暮らしか知らないが、そうそうに親より早くに死んでしまった彼ら彼女らをぶしつけに想像する。おれだって、今死んだら、訃報欄には喪主:母と載るのだ。それはいやだ。できるなら、喪主:長男がいい。次点で妻。そうじゃないと天国でマウントをとれない。死に別れてしまった大学の先輩や友人に、おれの喪主は自分の子供だったと自慢できない。他人の死をダシにそんな下世話なことを考えているうちは、子供はおろか妻もできないよ。うるさい。

 自分の過去のnoteの日記を読み返して、ここ二年ほどは、女がいる冬を過ごしていた。思い出すだけでもゲロが出るけれど、しかし書いている当座はそれなりに充実していた気もする。ひるがえって今年はひとりで、氷点下がすっかりデフォルトになった冬を過ごさなければならないのかと思うと、まあそれも悪くはないかなと強がっている。しかしこれが来年も再来年も……と続けば、いよいよ喪主:母が現実味を帯びてくるだろう。暗澹たる気分になる。紛らわすように映画やドラマを観たり、本を読んだり、twitterで誰彼構わずレスバを吹っ掛けたりした。おれは何をやっているんだ。ビートたけし「首」を観に行った。久しぶりに映画らしい映画を観た気がした。アニメ映画でも実写映画でも、地上波でやる内容を引き延ばしたようなものが少なくない。べつにサブスクで見ても変わらないような。その点「首」は映画館のシアターで、画面の隅々に目を走らせながら、感情を総動員して楽しむにふさわしい作品だった。帰りにパンフを買った。

 夜も眠らぬ街、最北の歓楽街、札幌・ススキノ。その中心部に新たな商業施設「ココノススキノ」が二週間前に出来て、そこにはTOHOシネマズが入った。本州のチェーン店が北海道になかなか進出しないように、TOHOシネマズも伝聞でしか聞いたことのない代物だった。ゴキブリと同じだ。この北海道に住んでいると一生ゴキブリを見られないのと同じく、私のスマホアプリに毎週通知されるTOHOシネマズでしか使えない割引券も無用の長物だと諦めていた。それがようやく日の目を浴びて、1100円で映画を観られるというので、これからはしばらく映画漬けになりそうだ。「首」も格安で観られたのでもう大満足、こういうつましい幸せや愉しみをひとつひとつ数えて、とりあえずは生きながらえているわけである。新聞連載小説だって、そんな生きるためのよすがだ。

「ココノススキノ」は開店してからまだ日が浅く、目立った店こそ入ってはないけれど人人人でにぎわっていた。近くには大通りのクリスマスイルミネーションもありラブホ街もあるので、子供連れやカップルがことに多く、ひとりの私は足早に歩いた。ひとりでも生きれる。ひとりでも生きれる。そう念じた。ふたりならなおいい。そうだね。TOHOシネマズ割引クーポンは、同伴者ひとりにも適用可能であるらしい。口説き文句は決まったな。クーポンあるんだけど、いっしょに、どう? そうして初デートで「首」を観るのだ。映画館を出て、感想を言う。森蘭丸と織田信長の情交のシーン、よかったね。ぼくたちもどうかな? そうしてふたつの影は寄り添いながら暗がりに消えてゆくのだ。シナリオが出来ました。喪主も出来ました。今年の冬はこれで行きます。

 映画の感想を言いたくて、大学時代の後輩がひとり切り盛りしているビアバーに行った。一人でも入って飲んで話せる、数少ない場所だ。しとどに酔って、店主の後輩に、訃報欄の話をした。喪主:長男が理想だと熱弁する。そうじゃなきゃ天国でバカにされる。ひとしきり聴いていた後輩が笑って言った。いやあなた地獄行きですよw 単芝をやめろ。私は図星を突かれて悲しくなった。まずは天国に行けるよう誠実に生きようと思った。

 

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