100日後に30歳になる日記(10)

◆4月11日

 ブックオフオンラインで注文していた「加藤幸子自選作品集」2巻が届いた。ここ数年はamazonの改悪がひどくて、欲しい本を調べても関係ない本ばかり表示されるし広告は多いしというtwitterみたいな惨状になっているので、ブックオフオンラインを使うようになった。よっぽどの古書など以外ならたいてい品ぞろえにあるので便利。加えて、店頭受け取りにしているので、定期的にブックオフに通うことができる。そうして目的外の本も衝動買いしてリアルの本棚にも積読がたまっていく次第。読みたい本は多いのに、じっさいの休日にはベッドの上で動画サイトを見ているだけで終わってしまう。人生を立て直さなくては。早く。

◆4月12日

 加藤幸子「苺畑よ永遠に」を読み終えた。札幌・北海道大学農学部出身の作者の手になる、自伝的な大学時代の物語。まだ女子学生の少ない時代の大学で、ひとり女として青春に学問に悪戦苦闘する彼女を応援しながら読んだ。見知った場所が舞台の小説は楽しい。いつの時代も学生の危うさとか、キャラクターの類型みたいなのは変わらないのだろう。私の学生時代にもこんな男、こんな女いたわ、と懐かしくなった。読後感はさわやか。青春は苦くても心地いいものだな。
 主人公が彼氏に自分の父親を「いいお父さんだね」と褒められて、〈何でもほめればいいってものじゃないのに〉とムクれてねちねち意地悪するシーン、いかにも”女”ですごく好き。これ俺もやられたことあるやつだ! なんで不機嫌になってるの? とか訊くと、そっから言い争いになるし、黙ってると詰められる。彼女さんキビシーねw彼氏クンカワイソ~笑。あたしだったらゼッタイそんな風にフキゲンにならないけどな~。
 主人公ももちろん魅力的だけどそれ以上に彼氏がいいキャラクターで、北大の蛮カラ寮とやらに住んでいるという設定の彼にすごく惹きこまれた。俺もこんな風な男らしい男だったら大学時代にモテていたはずなのにね。この小説のどこまでが自伝要素でどこからが創作かわからないけれど、もし実在しているのなら、幸せな人生を歩んでいてほしいと思っている。
 「苺畑よ永遠に」の収録されている「加藤幸子自選作品集」2巻には「時の筏」という長編も併録されており、どうやら同一主人公の過去編らしい。加藤幸子の芥川賞受賞作にも同じ主人公の今度は幼少期が描かれているらしく、いつか時系列順に読んでみたい。加藤幸子が先月末逝去したという事実がいまさらに悲しい。素晴らしい物語を書く人だったのですね。

◆4月13日

 妻ができたら、と最近は考えている。他人に向けてどう呼ぼうか。

 上司らは、嫁や奥さんと呼んだりしている。ありふれている。私は「刑事コロンボ」というドラマシリーズが好きで、主人公のコロンボは妻を「うちのカミさん」と呼んでいる。私もこれを真似して40代あたりからはカミさん呼びにしようと決めているけれど、30代のうちはもう少しマイルドな言い方が良い。そこで、「うちのヤツ」が正解だと思う。

 会社に行って昼飯時、愛妻弁当を広げる。奥様のお弁当ですか、と同僚が言う。「いやぁ、うちのヤツがね、健康に気を遣えってうるさいんだよw」これを言いたい。煙草をアイコスにする。あれ、ショートホープじゃないんですか、と同僚が言う。「いやぁ、うちのヤツがね、健康に気を遣えってうるさいんだよw」これを言いたい。仕事終わりに飲みに誘われてやんわりと断る。何か御用時でも、と同僚が言う。「いやぁ、うちのヤツがね、健康に気を遣えってうるさいんだよw」これを言いたい。健康に気を遣われたい。ランニングを始めたい。「うちのヤツが健康に気を遣えってうるさくてさぁw」そうして毎朝走らされるので出勤前にもう疲れてるよと同僚に言いたい。うちのヤツが欲しい。どこかにいませんか。うちのヤツ。このままだと不健康まっしぐらな生活が続いてしまう。酒もたばこもやめられない。うちのヤツ。おい、どこにいるんだ。助けれくれ。気遣ってくれ。俺が健康に生きるための理由をくれ。頼むよ。ヤツ。早く来いよ。

 でもまあそろそろ暖かくなってきたしランニングを再開しようかなと思って、去年三回くらい使ったアディダスのシューズと、部屋着になってしまったジャージを引っ張り出した。靴は新品同然だった。ジャージだけがボロボロである。ジャージ上下をたたんで枕もとにおいて、眠る。明日の俺が目覚めて、走ってくれますように。我が家にはおととし買ったプロテインの大袋がある。ずっと台所の天袋の奥にしまい込んで放置していた。数回飲んで飽きてそのままにしていたのだ。期限を確認すると2023.02とある。まあ、粉は腐らないだろう。明日からの私は、一味違うぞ。毎日走る。筋肉がつく。

 もしかしたらランニング途中に、運命の出会いがあるかもしれない。いつも同じ時間帯に同じ場所ですれ違う女性ランナー。一瞬交差するだけだけど、それがいつしか習慣になる。彼女の走り去る足音を聞きながら勇気づけられるように私も足を速めるわけだ。あるとき、いつものようにすれ違って、通り去ってゆくと思っていた足音が、ふいにとまった。私はふと足を止めて、振り返る。汗をひとしずく垂らした女性がこちらに向き直って、言う。いつもこの道を走っていますね。ええ、と応じる。おうちはご近所ですの? はい、このあたりです。でしたら、と彼女が提案する。明日から一緒に走りませんこと? 脚本ができた。これがなれそめ。そういうふうにしてうちのヤツと出会ったんだよねw そう自慢したい。明日、ヤツに出会えればいいと願っている。立て直すぞ。人生。

◆4月14日

 朝起きたら思っていたより寒いので走るのは明日からにする。風邪をひいたら元も子もないしね。プロテインだけ飲んだ。まずい。

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