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「その、いまそこに在り、いつまでも同じ状態でつづきそうに見えていたものが、次の瞬間にはこの世から無くなってしまっている具合を書いてみたい」

 「庄野潤三が好き!」という人の多くが庄野文学を好む理由が、ほぼすべてこの一冊に詰まっているといってもけっして過言ではありません。
 奇を衒わない清らかで美しい言葉づかい。楚々とした可笑しみから引き出される、えもいわれぬあたたかさ。そして、実はそのあたたかさとは裏表に、生きる哀しみが存在しているところ。哀しい哀しい、って書いているわけではないけれど、ちょっとした小さなことからも喜びを見出せるのは、それがいかにあり難いことかを知っているからで、そういう意味において「哀しみを知っているからこそあたたかい」、あるいは「ほのぼのとしていながらも静謐である」(どちらも、逆も然り)ことが、庄野文学の大きな特徴であると感じています。

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