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漢字に救われた話(2005年07月12日)

2005年07月12日 記

 高校生の時、すごく風変わりな授業をする英語教師がいた。始まりと同時にぼそりと数字をつぶやく。その日の日付である(今日だったら12)。その数と同じ出席番号の生徒が今日の「ご指名」というわけである。そのあと教師は一言も口を開かない。生徒は呆然と立ちすくむ。時間だけが無為に流れて、下手したらそれで授業終了。なんだかよくわからない。そして運の悪いことに、第1回目の授業の日の日付は僕の出席番号であった。結局僕は何をしてよいやら分からず、一時間ずっと立ちっぱなし。バカ丸出しである。これ以上の屈辱はなかった。

 彼の偏屈ぶりは校内でも有名だったらしいのだが、それを聞いたのは、初めて彼の授業を受けたあとのことである。どうやら指名された生徒は、教科書の英文をキリのいいところまで読んで、訳さなければならなかったらしい。それに対し、誤訳があれば突っ込んだり、内容について質問をするというのが彼の流儀なのだ。しかも、出席番号の人間が質問に答えられないと、今度はランダムに指名される。その質問自体、意味不明で唐突なものが多い。予測不可能なので、皆、集中せざるをえない。

 ある日のこと、授業も終わりに近づいていたので、おそらくもう指されないだろうとボサッとしていたら、突然、指名されたことがある。板書された字の読みを答えろ、と言う。黒板には「言霊」と大書されていた。なんで英語の授業にこんな言葉が出てきたのかわからないが、自分にとってはラッキーだった。当時熱心に読んでいた「ウルフガイ」シリーズの著者、平井和正がよく使っていた言葉だったからだ。

 僕が正解を答えると、その英語教師は心底驚いた様子で「このクラスは英語はダメだが国語はできる」とつぶやいて教室を出て行った。僕としては、第1回目の授業の恨みをようやく晴らした思いだった。犬神明(ウルフガイの主人公)さまさまである。あのとき、僕のところにも「言霊」が降りてきていたのに違いない。もっともその後、その英語教師に妙に気に入られてしまった僕は、毎回一度は「ご指名」を受けることになってしまった。教師曰く「こいつは答えるのに時間はかかるが、必ず正解を出す」だそうだ。彼なりに誉めてくれてはいたのだろうが、いい迷惑だった。今となっては、ほろ苦い(?)思い出である。

2024年03月26日 付記

 今となっては懐かしい思い出だが、当時はほんとうに嫌だった。おそらくすべてのクラスメイトも同じ思いだったと思う。さすがに今は、こんな教師はいないだろう(と、信じたい)。「言霊」って、いまではわりとよく耳にする言葉になった。僕は平井和正経由で知った言葉だったのだけど、あの教師はどこで知ったのだろう。逆に聞いてみたい。というか、聞いてみればよかった。


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