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『これはさういふ種類の煙草です』

「白って200色あんねん」の口切りでアンミカさんがおしぼりを褒める動画がバズっていた。『人志松本の酒のツマミになる話』で千鳥のノブさんに「そのタオルも褒めれます?」と振られ、当意即妙なこの切り返し。

この返しの凄さについて、私が語っても野暮にしかならないので知らない方はぜひ見てみてほしい。

私は白が200色に見える人間になりたい。おしぼりを矯めつ眇めつ、キナリでも、オフホワイトでも、ミルク色でも、アイボリーでもなく「この色」を選び取った人と時空を超えて繋がりたい。「わかる人にはわかるはず」と投げられたボールを心臓の前でパシっと掴んで(伝わったぞ!)と返したい。

なぜなら、モノには全て想いが込められているからだ。想いを受け止める知識と感性があればあるだけ、作り手の愛情に囲まれて生きることができる。全てのモノは作り手の愛がこもった宝箱で、受け取り手が鍵を開けるのを待っている。

モノは、見る人の知識や感性によって全くの別物になる。

高校生のときに読んで、ここまでモノに想いが乗るものなのかと呆然としてしまった詩がある。萩原朔太郎の『月に吠える』に収録された『贈物にそへて』だ。

贈物にそへて

兵隊どもの列の中には、
性分のわるいものが居たので、
たぶん標的の図星をはづした。
銃殺された男が、
夢のなかで息をふきかへしたときに、
空にはさみしいなみだがながれてゐた。
『これはさういふ種類の煙草です』

萩原朔太郎 1999年『月に吠える』  角川文庫

兵隊どもの列があり、その中にはタチの悪い者がいたので、たぶん標的の図星を外した。外れた弾が当たった男は死んでしまう。
夢の中で男が息を吹き返すと、空には淋しい涙が流れていた。これが、ひとつの煙草の説明だ。

この詩は、「お前の成そうとしたことも、無念も、俺は全てわかってるよ。同じ無念を共有するための煙草を送ります」と言っているのだ。

この文を読んでくれたあなたと一緒にこの詩を味わいたいので、少しお付き合いください。

まず、『兵隊どもの列の中には、性分のわるいものが居たので、たぶん標的の図星をはづした』。ここで気になるのが、「たぶん」だ。

詩に限らず全ての文には目線がある。全てを知った神様目線か、主人公目線か、第三者目線か。「たぶん」と言っている時点で神様目線でもなく、「性分のわるいもの」目線もない。では「銃殺された男」目線かとも思うけど、ならば自分を「銃殺された男」とは言わないだろう。

この詩は、兵隊どもの列に加わらず、「性分のわるいもの」の悪意に勘づきながら、「銃殺された男」の死を目撃した"語り手"が存在する。

銃殺された男の方は、なぜ兵隊の"列"に並んでいなかったのか。標的の図星を外して撃たれたということは、列の前、標的寄りにいたということだ。
鉄砲隊の援護を信じ、敵の前に出て、おそらく裏切りによって銃殺された男。

その男が、「夢のなかで息をふきかへ」す。銃"殺"されたのだから、男は死んでしまった。だから、この夢は銃殺された男の夢ではなく、さっき出てきた"語り手"の夢だ。銃殺された男が夢に出てきた。そのとき、「空にはさみしいなみだがながれてゐた。」まだ現世を生きている"語り手"は、雨に「銃殺された男」の無念を映し見る。

自分で書いていて分かりにくいので、国語のノートみたいにまとめてみた。

詩の中に直接登場しないが、銃殺された男に起こったこととその無念を知る語り手が存在する

この詩の正体は、「俺は、悪意によって志を砕かれたお前と無念を共有している。同封したのは、そういう種類の煙草です」

詩人・萩原朔太郎が銃殺された男に贈ったのは、一箱の煙草であり、慰めと理解と寄り添いだ。


モノは、作り手の意図の結晶で、贈り手の想いの結晶だ。もちろん、意図や想いが濃いもの、薄いものがある。朔太郎が贈った煙草のようなモノに出会うチャンスは、きっと人生でそう何度もない。
朔太郎の詩が書かれた手紙を一瞥もせずに脇に避けるようなことが癖づくと、思いもよらず自分に向けられた愛情に気づくこともできない。

……煙草の詩があまりに美しいので、なんだか高尚なことを言いたくなってしまったけど、特に素敵な言葉が出てこなかった。今頭に浮かんでいることを素直に言ってしまうと、贈り物の箱によく入っている商品の説明紙。あれってやっぱ捨てちゃいけないのだ。

読むと結構、幸せな気持ちになる。作り手、贈り手から向けられた、『これはさういふ種類の煙草です』の「さういふ」の部分が書かれている。煙草は誰にでも受け取れるけれど、「さういふ種類の」を受け取るには、アンテナをはって手を伸ばさなきゃいけないし、自分の感受性を守り育てなきゃいけない。

「白って200色あんねん」はアンミカさんが守ってきた知識と感受性の賜物で、だから『これはさういふ種類のおしぼりです』の前半を受け取る準備ができたのだ。


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