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風と雲は友達だろうか

どうしようもない人間であることは、どうしようもない。休憩室には卓球台があってカップルが打ち合うピンポン球のコン、カンコンの音のリズムの中では書けないからバルコニーに出る。今日はまさに雲一つない青空で照りつける日差しは強烈だ。朝から2時間ほど陽の下で読書していたから顔が赤くなっている。これなら酒を飲んでもバレなくていい、言い訳が立つ。酒を飲みたいわけじゃないのに、飲みたい。昨日の深夜、今日の明け方、何と言えば正しいか知らないが、空きっ腹に飲みすぎたからか内臓が焼けて熱く重く、まどろみの中でその不快を感じる。4時半ごろには上のベッドからバッグが落ちてきて目が覚めた。銃撃から逃げて狙撃された上司の、血に塗れた死を確認して一人逃げ出したところだった。よくありそうな夢だ。一瞬何で目覚めたのか分からず、何かが落ちた衝撃だと理解して、落ちてきたそれをまさぐって、自分の脱いだ服かと勘違いしながらやっと上から落ちてきたのだとわかった。ベッドの脇、床にそれを置く。上のベッドでフーッと吐く息とゴソゴソと寝返りを打つ振動が伝わってくる。結局昼には紅茶にウイスキーを混ぜている。人のオリジナリティは見聞きした典型、テンプレートからの影響を受ける。でも酒を飲むのは憧れからでも不安からでもない、気がする。いや不安なのか、と考え出しそうだったが、今日は難しいことは考えたくない。そもそもこの頭では考えられない。腹が重たい。減っているけど食べたいとも思わない。それにしても暑い、日の当たっている体が皮膚が熱を帯びていて、それが心臓まで、わたしにまで伝わってくれればいいのに。時折やってくる全てを放り出している感覚。ひゅっとあの青空まで飛んでいってその青に混ざってしまいたい。現実は地面どころか冷たいコンクリートに私を引っ張ってくる。抵抗の手段は。書くことだ。カッコつけてしまったのかここで手が止まる。また美味しそうな肉の匂いがする。半切れ余っていたステーキ肉を思い出す。冷蔵庫の隅で食べられるのを待っている。美味しくジュワジュワと焼かれるのをその音を待ってくれている。しかしその前のもう一杯、それとタバコで誤魔化そう。
バロウズとギンズバーグの『麻薬書簡』を読もうとするが全然進められない。『嘔吐』は何日か前の夜はこれが今読む本だとスポンジのように吸いながら読んでいたのに今は止まる。本は読む瞬間、タイミングがある。そこで読むしかないという時間がある。それこそが読むということかもしれない。こうやって限定すると窮屈でつまらなくなるからやめた方がいい。ウイスキーが腹を熱くする。温かい紅茶の働きか酒なのか胃が混乱していそうだ。
なぜかウイスキーを飲むと視界がクリアになる。それはアシッドの効き始めた視界のように風景がそのままくっきりと見え始めるのだ。理由は分からない。以前は不安が消えるからと書いたがそれも違う気がする。今もこうして不安はわたしの中にあるからだ。小刻みに揺れる手の末端までアルコールが静かに染み渡っていく。時折香るウイスキーの匂いに安心する。わたしは寂しいのかもしれない。酒の温める身体的な暖かさでそれを誤魔化している。そんなことはどうでもいいのに。上辺をなぞるような言葉が次々と浮かんでくる。書いているという気持ち良さに入っていけない。何かがそれを邪魔している。昨夜の着信に折り返していないからだと今わかった。やろうとする身体を思考が邪魔しているとき、わたしはそこに引っかかったままになる。問題は山積みでも、それはたいていが幻想だが、一つ一つ手をつけるしかない。とんでもない円安だ。反対に外貨を稼ぐものには好条件でもある。貯めたドルを円に換える。1日働けば2万は稼げる。日本だと労力も時間も2倍はかかる。だから、なんだろう。書かない人はどうやって生きるをやっていくのだろう。レクリエーションのような、運動や買い物や友達との会話やらで生活を命を続けていけるのだろうか。それもわかる。わたしもそうして生きてきた。たくさん助けられてきた。それでもいつかは行き詰まってしまうのを知っている。これは個人的な欠如なのかもしれない。しかし生きていくしかない。生きていくと決めたからだ。それはなかなかいい決断だったと思う。こうして書いていられるからだ、というと薄っぺらくてウソみたいだ。書いても書かなくても意味はないから。雲が止まった写真のように右に動いている。今日初めて見た雲だきっと。一度見て、こうして書いて、もう一度目をやると、もう最初に見た雲は消えていた。いつの間にか、誰にも知られずに、消えた。いやもしかしたらわたしと同じように空をあの雲を見ていた人がいるかもしれない。その人は何を考えているだろう。何を悲しんで何を喜んでいるだろう。わたしはきっと雲が好きだ。初めて書いた詩も雲のことだった。題名は忘れた。何で好きなのかは知らない。知りたくも考えたくもない。好きだから好きでいい。好きだから好きがいい。風が吹いてきて少し寒い。天候はしょっちゅう変わる。というより留まっていることなどない。勝手にわたしが、今はこうだと決めつける。この世界を決めつけるように。詩が読みたい。風が吹くような詩が読みたい。どんな詩かは分からない。想像もつかない。それは自分で書かなければならない。

風と雲は友達だろうか
雲に行きたいところはあるだろうか
教えてくれるのは風の言葉
早すぎちゃうと聞こえないよ
今はここが気持ちいいかも
でもすぐここも嫌になるかも
教えてくれるのは風の言葉

詩の書き方なんて知らないし知ってたまるかと思う。詩を書く人のその時のそれを知りたいなと思った。しかしわたしには友達がいない。そう書いて笑うほどにはそれに慣れている。消えちゃった連絡先にどうにかかけてみようか。きっと笑って話せる。友達って何だろう、って青臭すぎて笑えない。風に聞いてもわからない。

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