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冷たさの優しさ

好きなように過ごせばいいのに何かに追われるように焦りを感じる。琥珀色のウイスキーをコーヒーや紅茶で薄めるのも煩わしくコップに注いだそれを流し込んで喉を熱くする。幸い咎める者はいないから、それは不幸かもしれないが、ぼやけた頭でこうして文字を打つ。音がないと不安なのか、あちらこちらから聞こえる街の雑音をかき消すように久石譲のミニマリズム2を流している。ミニマリズム。この音楽がミニマリズムなのか素人の俺には分からないが、確かにシンプルだと感じる。ものをなくせばスッキリするのは本当で徹底的にモノを減らしていくことはある種の快感だ。しかしその果ては瞑想し己の不在、自我の幻に行き着き、感情すらも実感せずに俯瞰することに終始してしまったわたしは今欲望を貪るように酒を飲みタバコを吸い、日がなメチャクチャになっていく。しかしそれを俯瞰する自分を捨てきれずにいる。そうでもしなければ笑うことさえできないからだ。酒が進む。酒がわたしを運んで進める。ウイスキーのスモーキーな香りは後天的にその旨みを感じられるようになるものだとどこかで見た。らもさんが書いたものだろうか。もう記憶があやふやだ。確かに少しずつ、安物のウイスキーではあるが、いや相場を知らないから安物かどうかさえ判別できないわたしの舌がこれは美味しいと感じ出している。他に後天的にあるいは歳を重ねるごとにうまいと感じるようになったものはあん肝、白子だ。酒のつまみが美味く感じるのは結局ただ酒が好きになっただけな気もする。パッと思いついたのはみょうが。豆腐も今では大好物で特に湯豆腐に醤油とみょうがを少し乗せたのは最高だ。日本酒が飲みたくなってきた。金が無い身でも食欲は無くならない、増していく。日本料理屋にでも行こうと思うが一人で行ったところで、というよりこの国では一人で飲む文化はない、珍奇な存在として映るだろう。ほんとに飲みたいなら一人でも行けばいいがそれなら宿で一人しっぽりやればいい。俺は怠惰な人間だ。昼過ぎの太陽に照らされるウイスキーは黄金色に光っている。俺は一体この街に何を求めているのだ。一箇所に留まりたい、自分の快適な巣で暮らしたいという考えが間違っている気がしてくる。世界中を移動しながら生きる人の言う幸せの条件に好きな街に住む、美味しいものを食べる、好きな人、友人と話すなどいくつかが箇条書きにされているのを見た。俺はこの街が好きか、いや対して興味がない、都市はたいてい似通っている。その気持ちがこの街を深掘りすることを妨げている。きっとそうだろうが行きたいところも大してない。美味い飯は食いたいがここオークランドに根差した食はない。多民族、多文化の混ぜ合わされた都市の宿命か、土地に根ざした料理はない、せいぜいハンバーガーやらステーキやらだ。別にそれはそれで美味しいだろうが。やはり海外でもアジア圏が好きなのは、土地に根ざした料理が文化が人々が存在するからだ。ヨーロッパもそうだと声が聞こえるが金のない俺には心理的にも距離的にも遠く感じてしまう。
こんな身勝手な文章を書いて何になると頭に心によぎるがこれを読むあなた、変人なあなた社会に馴染まないあなたに書くその他はない。勝手な推測は失礼だ申し訳ない。
どこからか肉を焼く匂いがする。強くわたしを照らしていた太陽が雲に隠れる。途端に吹く風が冷たくなる。尿意はひっきりなしにやってきてトイレに急ぐ。

依存は不安をかき消すためにやってくる。まだ昼前に酒を飲むか迷う自分を振り切って流したウイスキーがぽっと胃に灯りを灯した瞬間に視界がクリアになる。これはアルコールの働きでも目が覚めたからでもなく、わたしの不安が消えた証だ。不安が取り去られることで世界をそのままに、いや世界をそのままに見ることなど誰にもできないから自分なりのフィルターを掃除して世界を見られるようになったということだ。そのままのんべんだらりと一日を過ごしてしまえばいいものを、焦りに追われるわたしは酒を煽る。こうして訳のわからない文章が生まれる。しかし生まれないよりは良いじゃないか。俺もあなたも死ぬのだから。曲はある夏の日、千と千尋の曲が流れ出した。公開中に家族揃って見に行った。普通ならとっくに忘れているが、姉が皆で撮ろうといったプリクラを後になって目にしたから、見に行った事実がしっかりわたしの中に刻まれた。両親は元気だろうか。帰る度に白髪と皺が多くなる母親が目に浮かぶ。死のうと生きるがわたしの中でごちゃ混ぜになる。次にハウルの曲が流れている。映画にまつわる記憶が、人々の顔と思い出が強制的に思い出される。それは暖かい記憶で、だから早く北野映画の音にしてくれと願う。北野武の映画はいつも一人のわたしに寄り添ってくれる。それは彼自身が孤独だからだ。その悲しみの温かさをゆっくりと感じてその冷たさの優しさを感じてわたしは少しだけ安心するのだ。『ソナチネ』『HANA-BI』『BROTHER』『あの夏、一番静かな海』『その男、凶暴につき』、北野映画ばかり観ている。『HANA-BI』は暖かすぎて見返せないでいるが、ソナチネは何度も見た。同じ映画を繰り返し観ないわたしが、何度も観る楽しさが分かった。監督が死なないで本当に良かった。浅草では監督が住んでいたアパートに住んでいた。同じところに住んだからといって1mmだってその存在に近づける訳がない。バカはただ歳をとっただけだった。そして今ここにいる。ガソリンが足りない。どうにでもなれと酒を注ぐ。仕事前にはメントスでも噛んでいこう。腹が減ってしょうがない。

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