見出し画像

クソの戯言

移動時間は現実から切り離されている。ということを書きたかったがあまりに酔いが回ってかけそうにない。回るの漢字もきっと間違えている。久しぶりにワインでもと、地産のワインをホステルで開ける。レビューが一つもないホステルを部屋の写真だけ見て予約したら昨日オープンしたばかりだった。宿泊客が少なく幸運にも一人部屋へとグレードアップされる。騒がしいのが嫌でここに選んだから嬉しかった。ニューオープンといっても泊まっている7階のトイレの鍵は壊れていて閉められないし、外の道路が見えるはずの窓も汚れきってすりガラスのようだ。外出の帰りにふとYHAの文字が剥がされた跡がコンクリートに残っているのを見つけた。居抜きで新しく宿を始めたのだろうがYHAが潰れた後に上手くいくのだろうかとお節介に素人が考える。チェックインの時も辿々しくインドの女の子が案内してくれてその後ろに立つターバンを巻いた男は両手を前で重ね黙って見ている。一人部屋が空いてるから同じ値段でそちらに移すよ、okありがとうと笑って答えると、ターバンの男がグーサインをしてこちらに頷いた。荷物を三つも持っていたから手伝ってくれてもいいのにと思いながらその光景が面白くて笑ってしまう。3階に広いバルコニーのコミュニティスペースがあってそこでタバコを吸う。遠くにスカイタワーなるものが聳え立っている。昔住んでいた浅草のボロボロの風呂無しアパートから見えたスカイツリーを思い出した。一年住んでいる間に一階下のお爺ちゃんが誰にも知られずに死んで一週間だかして発見された。畳には横になった遺体の痕が染みついていた。パチプロの真似事をしていた私の精神も腐りきっていた。友達だけは大事にして生きてきたのにその一番大事なものさえ裏切ってしまった。
どうしてあんな高いものを人類は建てたがるのだろう。それは都市の象徴なのだろうか。空まで天空まで貫く人類の文明の結晶。欲望の塊が地球からニョキっと男根のように勃起している。それでも女神の体には届きさえしないのだ。愛している人と繋がれない辛さ。一人狭いシングルベッドの上で酒を煽り文字を打つ男、寂しい光景だと思うと不意に笑いが飛び出してくる。尿意の限界だトイレに行こう。ついでにタバコも。

気を抜けばYouTubeだ。脳みそはきっと考えたくないのだ。クソみたいな現実を、そのクソと決めつけているのも脳みそ自身だと気がついているのに。夜の街にタギングしてみようか、ふと気になってこの街の治安情報を検索してみる。いくつかの危険地帯が、それがどれほどの信憑性があるかは別にして上がってきた。その中の昼間でも注意せよと書かれた場所にこのホステルは建っていた。確かにあちこちにホームレスはいるし、イコール危険とは思わないが、夜にはしょっちゅう奇声が聞こえる。それでも財布を持たなければ大した問題にはならないだろう。ここは南米じゃない、簡単に銃が出てくるわけもないだろうし。こんな風に軽く考える奴が旅先で死ぬのだろうか。しかし何もない男が何もない塊になったところで悲しむ奴はいない、というのは自己憐憫できっと母親は泣く。そんなことを考えたら悪いことも何も出来なくなる。そうしてついにはこんなところでただ息をしている自分を責めだすのだ。そこまで知っているから何にも考えない白紙に自分を戻す。あれこれ考え出したら際限はない。死んだほうがいい理由なんて幾つだってある。人間そんなもんじゃないか。それはごまかしかポジティブか。どちらにしろクソ喰らえだ。決して鳴らない携帯電話を叩き壊したくなる。窓の外に投げてそのまま階段を駆け降りてバラバラになったそれを何度も踏みつけてやりたい。この夜が永遠に続いて困った人々は外に出て空を見上げ、あちらこちらで話しだす。一体どうなっているんだ、なんだこれはと。しかし、世界はとっくにぶっ壊れてしまっているのだ。気づかないふりをしている人々と気づかない人々と絶望した人々の間を満たすように。

明日は早めに起きて目当てのカフェにでも行って、美味しいコーヒーとサンドウィッチでも食べようか。目星はつけてある。そしてきっとまた一人でパチパチとパソコンを打つのだ。まるで自分の心臓を優しく刺激するように。血が止まってしまわないように。
チラッと見たのは、中島らも生誕20周年だかで、あの世で20年という意味合いらしい。ふと会ったこともないらもさんの優しい目が僕を見ている。その目は死ぬなよと言っている気がした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?