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覚 悟

覚悟を決めねばなるまい。

とある日の日曜日。近所の公園でボクは思った。

認めなくちゃいけない。

或いは求められるのは自覚か。

例えるなら、今までずっと赤だと思っていた色が

「それ、青だよ」と言われたような。

いや、ちょっと違うな。

例えるなら、今までずっと父親だと思っていた人が

「実は母親なんだ」と言われたような。

これも、ちょっと違う。

難しい。なんて例えれば良いのだろう。

それだけ複雑な心境に陥った。

ずっと子供だと思っていた息子が、

いつも間にか大人になっていた時。

随分先の話だが、もしかしたらそんな感覚かもしれない。


その日、ボクは一歳の息子と近所の公園にいた。

いつものようにヨタヨタと歩く息子の後を追いかける。

平和な日曜日だ。

公園には他にも子供連れの父親がいる。

ベンチに座ってくたびれた様子の父親。

中にはケータイやDSをやっている父親もいる。

やれやれ。

それは「子供と過ごす」と言えるのかい?

ボクは最近、公園やショッピングモール、

ファミレスにいる親子を見て、よくそう思う。


その公園には高い壁がある。

テニスや野球やサッカーの壁当てが出来る壁だ。

息子の後を追っていると、少し離れたところで

小学生らしき少年二人組が、その壁を見上げていた。

一所懸命ジャンプしたり、棒を振り回したり、

まるで人生の困難に生まれて初めてぶち当たったように

二人はその壁を見上げていた。

彼らの視線の先に目をやると、壁の上にある金網に

ゴムボールが挟まっている。

「おやおや、仕方ないな。とってやるよ」

ボクは息子に目を配りながら、少年たちの元に歩み始めた。

…その時!

少年たちがボクに気付いて、何やらヒソヒソ話している。

ボクには聞こえていたのだよ、少年。

「あのオジさんに取ってもらおうよ」


…。

あーん!?

オジさんだぁ!!?

少年たちの元まで歩く数十歩。

ボクは覚悟を決めなければいけなかった。

前述の通り、この公園にも父親の姿は多い。

ボクより若い父親もいっぱいいるだろう。

しかしボクは、あの父親よりもこの父親よりも

全っ然、きちんとした身なりをしているハズだ!

ジャージやスウェットやジャンパーなんかで来ない。

お洒落なパパさんのハズだ!

が、しかし。

そんなの、子供の目から見たら変わらないだろう。

考えてもみよう。

ボクが小学生の頃、子供連れの父親を見かけたら

間違いなく「オジさん」と呼んだハズだ。

だから少年たちは何も間違ってはいない。

覚悟を決めろ。

ボクは…

ボクは…

ボクはオジさんだ。

ダメだ。

泣いちゃダメだ。

一歩、また一歩。彼らに近付く度に、ボクは自問自答する。

そして、その数十歩でボクは見事に心を落ち着かせた。

少年たちの元に辿り着き、ジャンプも背伸びもすることなく

無言でひょいとボールを拾い上げる。

後は振り向き、彼らにこのボールを返すだけ。

大人の余裕の笑顔も添えてあげれば完璧だろう。

気の利いた一言なんかも欲しいとこだ。


ボクは少年たちにボールを渡し、こう言った。

「誰がオジさんじゃ」

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