見出し画像

92 なりゆきで

やることを決める、やらないことを決める

 なにをするか、自分で決めて、自分の人生を歩む。というのが、まあ、王道なのだろう。
 だけど、本当に自分で決めているのかは、実はよくわからない。誰かの影響や時代の雰囲気に流されているかもしれない。たとえば、決めるための選択肢を、最初から時代に合わせて絞り込んでいる可能性が高い。
「いまさら、ユーチューバーってのもな」とか「いまの時代、こんなことやっても食べていけそうにないよね」といった具合に。
 となると、そもそも「やることを決めよう!」とか「やらないことを決めよう!」と威勢よく言われたところで、そこで決定されることは、本当の自分にとってはあまり重要ではないことばかりだったりしないだろうか?
「こだわりの○○」とかいう言葉も蔓延しているけど、その「こだわり」は誰のこだわりなのか。単にひねり出されたキャッチフレーズなのか。あるいは、最大の利益を見込んで選択されたものなのか。あるいは誰かに言われたことなのか。
 どうせ決めたとしても、それが自分の本質と大きく外れていることなら、苦しみしか生まない可能性もあるので、だったら「なにも決めない」でいいのではないか。

なにも決めない

 では、「なにも決めない」と決めたとき、それは本当に自分で決めたと言えるだろうか。
 面倒だから。決められないから。これといったものが見当たらないから。
 理由は人の数だけあるだろうけど、決めないと決めることは、それはそれでなにかの影響から免れないことだ。
 そうなると、「決めてもいいし、決めなくてもいい」となる。
 少なくとも、私は、そんなポリシーで生きてきた。
「右でもいいけど、左でもいいね」と道を選ぶ。だいたい、大学を出て最初の就職で自分が働きかけて得た選択肢は、3つだった。1つは自動車の営業。2つめはOA機器の営業。3つめは競馬新聞記者。
 この中から、圧が強すぎた1を排除し、スケジュールがあまりにもタイトな3を除いた結果が2だった。
 なんのこだわりもなく就職して、2週間ほどの長い研修を経て配属され、ライトバンを自分で運転して得意先を回り、新規開拓する毎日がはじまった。ブランドの力と熱心な営業所長のおかげでそこそこ売れて、別になんの不自由もない。
 それでも、私は夏が過ぎた頃には、ライトバンを近くの湖の駐車場に停めて、昼の弁当を食べながら、長い昼寝をするようになっていた。カーラジオでFENを聴きながら、「こんなんでいいわけないよな」と思っていた。
 そして秋には決意を固めて調査をはじめ、自分のやりたい方向に軌道修正するための活動をはじめた。年明けに辞表を出して押しとどめられて新人がやってくる前まで勤めたとき、「じゃ、辞めます」と言ったら、上司たちが慌てて「もう辞める気をなくしたのかと思ったよ」と言われた。なに言ってるの、とっくに辞表出してますけど。と辞めた。

もやもやとした時間

 辞めたのはいいが、そこから、もやもやとした9ヵ月を過ごす。ルポライターの養成講座を半期受けながら、吾妻橋にあったアサヒビールの工場で働いた。夏が終わる頃「後期も続けますか」と言われて、このまま講座に通ってもなにも得られないと感じ、それも辞めた。
 どこでもいいから、出版関係の会社に潜り込もう。その方が勉強になる。そう判断して求人をしている会社へ履歴書を送り続けた。たいがい、お断りなのは、「中途採用」とは「未経験可」とあったとしても、基本「経験」で評価されるからだ。実績のない私にはなかなかどこも、いい顔をしなかった。
「どうしようかなー」と思っていた12月になって、ようやく1社が「面接に来て」と言うので、行ってみた。
「だけど、君は実績がないよね」と面接で言われたので、ここもダメなのかと思ったが、その会社の専務が「作文はなかなかいいから、今度はこのテーマで書いてきて」と言われた。それを期日までに出すと、また面接。
「なかなかいいので、今度はこのテーマで」と年内はずっと作文を書いていたのである。
 そして年明けに「採用する。中途だが新人と同じ扱いだけどいい?」と言われて、こっちにはなんの文句もなく、潜り込むことに成功した。
 結果的に、自分の人生の汚点的な「もやもやした9ヵ月」のおかげで、私はなんとかかんとか自分が進むべき道を発見し、幸運にも手を差し伸べてくれる人に出会った。
「石の上にも3年というから、3年はいてね」と入社時に言われたのだが、8年、そこで学び、多少の恩返しもできたと思う。
 そこで写真のトリミングを習ったときに知った言葉が「なりゆき」だ。「なりゆきでお願いします」と言えば、同じ比率に合わせて適当に印刷会社で写真をはめ込んでくれたのである。
「なりゆきっていい言葉だな」と感じた。
 こんな私なので、「決める」ことのかっこよさを理解しつつ「決めない」ことの大切さも身に染みている。2024年、自分がどうなっているのか。
 なにも決めずに臨もうと思っている。なりゆきで。
 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?