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【宝生流能楽師 武田伊左さん】インタビュー 国立能楽堂開場40周年|せんだがや夏祭り in 国立能楽堂(7/27開催)

国立能楽堂(東京・千駄ヶ谷)は、今年開場40周年。春から様々な催しが開催中です。
前回ご紹介した「第40回能楽鑑賞教室」(6月20日[火]~24日[土]開催)につづいて、7月には、“とってもいそがしい現代人におくる、コンパクトな能楽の夜公演”と銘打たれた「国立能楽堂ショーケース」の第2回(7月19日[水])、そして注目のイベント「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」(7月27日[木])が開催されます。
「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」にご出演のシテ方宝生流能楽師の武田たけだ伊左いささんに、お話を伺いました。

――2時間で能と狂言が見られると大変人気の「国立能楽堂ショーケース」。第2回の能の演目は、武田さんが所属されている宝生流ほうしょうりゅうによる「杜若かきつばた」です。見どころを教えてください。

武田伊左たけだいささん:「国立能楽堂ショーケース」は、これまで能を見たことがない方でも気軽に体験していただける構成になっています。今回(第2回)の「杜若」は『伊勢物語』がテーマの、能では三番目物(*1)に分類される、美しい女性がシテ(主人公)の演目です。

(*1)三番目物 能の演目(現行曲は約200曲)を番組構成上から5つに分類する場合の1つ。『源氏物語』などの王朝文芸の女性や歴史上の女性をシテ(主人公)として、その亡霊が在りし日の恋愛物語を回想し、静かに舞う曲が多い。鬘物かづらものともいう。

幽玄さ、優美さが特長の三番目物は、“静かでゆったりとしている”という能の一般的なイメージに最も近く、一見するとわかりにくいものもあります。

というのは、うたい(*2)の言葉がわからないと内容をつかめないでしょうし、言葉がわかっても掛詞かけことばや異なる人物の和歌が何層にも重なって詠み込まれたりしているからです。

(*2)能楽における声楽(言葉と台詞)に該当する部分のこと。また節(抑揚)をつけて謡うこと。

観客席のある空間を「見所けんしょ」という。座席は大きく3つのブロックに分かれており、写真は能舞台を真正面から見る「正面」後方から見たところ。写真の向かって左側奥の「橋掛はしがかリ」に沿って並ぶ座席エリアを「脇正面」、「正面」と「脇正面」のあいだに扇状に並ぶ座席エリアを「中正面」という。見え方が異なるがそれぞれの位置特有の良さがある。写真=国立能楽堂

ですから、「杜若」でしたら、恋の物語として捉えたり、美男子であったという在原業平を想像したり、杜若の花の美しさを思い浮かべたり、お客さま一人ひとりの世界観に重ねて、日ごろの忙しさをひととき忘れてゆったりとご覧になっていただければと思います。

たとえて言うと、美術館にいらっしゃると、作品を前にして展示キャプションや解説を読んで、自分なりにいろいろと感じたり考えたりしながら作品を鑑賞すると思うのですが、そういう見方で能楽をご覧になるのはいかがでしょうか。そして、舞台の雰囲気から何か引き込まれるものがあった、気づきや発見や体感があったと感じていただけたら、とても嬉しく思います。

この公演では、当日あらすじが配布されるほか、各座席の背に設置されている字幕システム画面に、詞章(*3)の口語訳(日本語・英語)も表示されますので、初めての方にも楽しんでいただけると思います。

(*3)詞章 能楽の上演用の台本(脚本)に書かれている言葉。

――武田さんは、2020年から国立能楽堂と千駄ヶ谷地域の催しに参加されています。今年は「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」にご出演ですが、注目の内容を教えてください。

武田伊左さん:千駄ヶ谷には、国立能楽堂のほか日本将棋連盟、東京二期会という文化団体があります。今年はその各団体の方々の実演やおはなしに加えて、座談会をします。

また、ゲストとして近隣の明治神宮野球場を本拠地とする東京ヤクルトスワローズのマスコットキャラクター・つば九郎さんが来場します。能舞台で能の基本的な動きのひとつである “すり足”を体験していただきます。身体の動かし方で野球との共通点があるかもしれません。

私は日ごろ自分が出演する公演に加えて、皆さんに実際に“体験”していただく機会を大切にしています。普段の生活のなかに能楽とのちょっとした繋がりを“発見”したり、能の謡や動きを体験することによって鑑賞のポイントが増え、より一層楽しみ方が広がることを体感していただきたいです。

――武田さんは、シテ方宝生流能楽師ですが、能楽の道に進まれたきっかけはどのようなことだったのでしょう。

武田伊左さん:父(シテ方宝生流能楽師:武田孝史さん)のもとで3歳から稽古を始めました。4歳の時に仕舞「絃上けんじょう」で初舞台を務めました。小学校3年生の時に玄人会(プロ公演のこと)に出演することが決まり、正式に入門しました。

能楽の道をより一層究めていきたいと思ったきっかけは、中学校1年生の時に、父の師でもあった髙橋章先生の能「木賊とくさ」(*4)を拝見して、“この先生に習いたい”と思ったことです。子どもには難しいストーリーですが、何か得も言われぬ雰囲気に強く惹かれたのではないかと思います。

(*4)生き別れた父親と息子が再会する物語。少年僧がみやこの僧とともに故郷に来ると、木賊を刈る老人に出会う。老人は一行を私邸に招き、息子を失った悲しみを語り、息子の装束で舞う。息子が名乗り出て再会を果たす。

――能楽の稽古と学校生活の両立は大変だったのではないでしょうか。

武田伊左さん:中学校、高校の時期というのは、皆さん勉強や部活、その他で忙しいですし、また色々悩みもある時期ですよね。私は小学校1年生からピアノのレッスンも受けていたので、音楽の道や、中学・高校時代に短期留学したことをきっかけに、海外で仕事をする進路を考えたこともありました。

けれども大学受験を具体的に考える時期になり、父から折に触れて女性がプロの能楽師になることの厳しさも聞いていましたが、やはり自分の生来の環境を活かした道に進もうと思い、能楽師を志して東京藝術大学の邦楽科(能楽専攻)に進学しました。

さらに大学院へ進んだ一番の理由は、実践的な経験(学部生から年次が進むにつれて舞の機会や地謡じうたい地頭じがしら(*5)を務めたり、装束に触れる機会が増えるなど)を積むことができるからでした。

(*5)地謡は、能で謡曲の(場面情景の描写やストーリー)の部分を謡う。6~12人で構成され二列に座る。地頭は地謡のいわばコーラスリーダー。流儀(流派)によって座る位置が異なるが後列の中央部に座る。

――女性能楽師としての活動についてお聞かせください。

武田伊左さん:身体的な面で発声方法や体力的なことは工夫していますが、そのほかは特別女性ということはあまり意識していません。海外公演に行くと、能楽自体に馴染みがない方々が多いこともあって、女性能楽師であることで驚かれるということも少ないです。先輩方が切り拓いてくださった道を私たちもさらに広げていきたいと思います。

能「清経」 シテ  武田伊左 (2022年10月23日「秋の女流能」 於:宝生能楽堂)

――今回のようなイベントやワークショップのほか、一般の方にも教えていらっしゃいますが、どんな方がお稽古されているのでしょうか。

武田伊左さん:東京のほか各地で、4、5歳から90代の方まで教えています。年に数回ある発表会を目標にされている方や、趣味で・健康のため謡をやってみたいという方などさまざまです。お子さんには夏休みなどに行われる体験教室も人気ですね。

――海外公演や国内での今後の公演予定について教えてください。

武田伊左さん:近いところでは6月中旬に、初めてポーランドのワルシャワ公演(演目は能「天鼓てんこ」(*6)と「みだれ 和合わごう」(*7)他の企画に携わりました。

2023年6月18日(日)ポーランド国立劇場にて 能「乱 和合」  シテ 武田孝史、武田伊左 他。

(*6)「天鼓」は、妙なる音色を出す鼓をめぐる中国古典に取材した曲。
(*7)中国古典に取材した酒の徳を讃える賑やかでおめでたい曲。「乱」という速さやリズムに変化のある特別な舞と、二匹の猩々が登場して相舞あいまいする「和合」という特殊演出(「小書こがき」という)で行われることがある。

宝生流では、お家元(シテ方宝生流二十代宗家 宝生和英かずふささん)がイタリアや香港などで、継続的に公演と普及活動に尽力されているのですが、私も自分で海外公演の内容を企画するにあたり、様々に助言をいただいてきました。

2017年から能楽普及プロジェクト「NOH+DENMARK」を発足させた。写真は2022年の様子。
「NOH+DENMARK 2022」より。悲しみを表現する所作である「シオリ」の型をレクチャー。

2017年からはデンマーク公演をしていまして、公演のほか、その年のお客様の構成(一般の方、現地の大学の日本語学科の学生さんが中心、など)に合わせて、2日間で仕舞を仕上げたり、おもてや装束の体験、お客様が楽しめる工夫を凝らしたワークショップも組み込んでいます。新型コロナウイルス感染症の関係で渡航できなかった年は、オンラインでワークショップを開催しました。

続いて7月1日(土)に、「夏の女流能」(東京・宝生能楽堂)で「石橋しゃっきょう」のツレ(*8)を務めます。また12月3日(日)は「石橋 連獅子」(*9)を父の古希の会でひらかせていただきます。(*10)この曲は小さいころから憧れていた曲です。その曲を父と一緒にできること今からとても楽しみです。

(*8)「石橋」は中国・清涼山が舞台。古来の獅子の舞に『十訓抄じっきんしょう』所収の寂昭(俗名:大江定基)の入唐説話を織り交ぜて脚色されたといわれる。「ツレ」はシテを助演する役割。
(*9)「連獅子」は「石橋」の特殊演出(「小書」)。曲の後半で通常一体の獅子が登場するところ、白頭の親獅子と赤頭の子獅子が登場し、豪壮さと俊敏さが対照的に舞われるのが見どころ。
(*10)披く:その役を自身が初めて務めること。

いま能楽師として、公演への出演や教室での指導を中心に、能楽の魅力を発信するワークショップ等のイベント企画をし、中学・高校時代に思い描いた海外での仕事や音楽の世界とも繋がって活動しています。これまで積み重ねてきた稽古や経験を活かして、世界に誇れる日本の文化を自分自身で紹介できることは、とてもやりがいがあり、嬉しく思います。これからもさまざまなことに積極的に取り組んでいきたいです。

武田伊左(たけだ・いさ) 
平成6年(1994)仕舞「絃上けんじょう」にて初舞台、平成25年(2013)能「吉野静」にて初シテを務める。東京藝術大学在学中に安宅賞、同大学院在学中にアカンサス音楽賞受賞。アメリカ、韓国、イタリア、フランス、アラブ首長国連邦など海外公演に携わり、自らもデンマークにて能楽普及プロジェクトNOH+DENMARKを発足させ代表を務める。国内外にて公演やイベントの企画運営、英語でのワークショップや他分野の方との体験講座を開催、能楽の魅力発信に力を入れる。公益社団法人能楽協会会員。公益社団法人宝生会会員。同門会「喜祥会」主宰。
※「喜祥会」の「祥」の偏は、正しくは「示」。

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「国立能楽堂ショーケース」

平日仕事で多忙なオフィスワーカーも来場しやすいように、と午後7時から開演のシリーズ公演。開演30分前から能楽師によるプレトーク(事前講座)もあり、2時間で能と狂言が見られると、毎回大好評です。お得な割引チケットもありますので、詳しくはHPをご覧ください。

今年の「せんだがや夏祭り in 能楽堂」は盛りだくさん! 多彩な出演者が盛り上げます!

国立能楽堂のある渋谷区千駄ヶ谷とその周辺エリアは、多数の文化やスポーツの団体・施設、また多数の飲食店がある街。「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」では、国立能楽堂から千駄ヶ谷の魅力を発信します。詳しくはHPをご覧ください。

写真=能「清経」、能「乱 和合」、「NOH+DENMARK」(いずれも武田伊左さん提供)
文・写真=根岸あかね

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