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「研究を通じて人間と鳥の世界をつなげたい」(動物行動学者・鈴木俊貴)|わたしの20代

わたしの20代は各界の第一線で活躍されている方に今日に至る人生の礎をかたち作った「20代」のことを伺う連載です。(ひととき2022年10月号より)

小さい頃から、生き物を観察することが何より好きでした。両親と一緒に虫や魚捕りによくでかけていましたね。虫捕り少年というと、昆虫採集して標本を並べたりするイメージですけど、僕の場合は飼育ケースの中にできるだけ自然に近い環境を再現して、生き物の暮らす様子を観察するのが好きでした。「生き物たちはこの世界をどう見ているんだろう?」。そういう生き物たちの視点というか、彼らがこの世界をどう認識しているかに興味があったんです。

 高校生になると双眼鏡を手に入れて、野鳥観察にハマりました。大学は生物学科に進学して、観察に没頭する日々を送るわけですが、当時は鳥に限らずいろいろな生き物を観察していました。ナナフシという木の枝に擬態する虫に興味があって、卒業論文のテーマにしようかと考えていた時期もあったんです。

 でもある時、長野県の森の中でシジュウカラが気になっちゃって。僕は高校生までピアノをやっていたこともあって、音に敏感なほうなのですが、野鳥のなかでもシジュウカラだけがいろいろな声で鳴いているなと思っていました。デタラメに鳴いているのかな、と観察していたら「いや、デタラメじゃないぞ」って気づいて。たとえば鷹が来たときは「ヒヒヒ」って鳴くし、蛇がでたら「ジャージャー」と鳴く。天敵の種類によって声を変えている。ということは、天敵が来たから「怖い」ってただ感情的に鳴いている訳じゃなくて「鷹」とか「蛇」って単語を使っているのかもしれない。そう思いついたのが20代前半頃のことです。

29歳の鈴木さん。シジュウカラに鳴き声を聞かせ、言葉の意味を確かめる野外実験中

 シジュウカラの言葉について研究を始めたものの、どのようにしたら科学的な事実として示すことができるでしょうか。試行錯誤しながら新しい実験方法を編み出して、森にこもって実践する。地道な作業の積み重ねでした。そんな時、父が「新しいことを始める時は、成果が出るまで5年はかかるんじゃないの」って励ましてくれて。コツコツ続けて、ちょうど5年で初めての論文を出せました。それからも研究と論文発表を続けながら、シジュウカラに言語があると証明するまで15年以上かかりました。20代じゃ収まりきらなかったですね。

 シジュウカラって身近な鳥なんですよ。森だけじゃなくて都市にもいるし、東アジアだけじゃなくヨーロッパにも生息しています。研究を始めた当初、先生に「シジュウカラは、かなり研究されているから、新しいことを見つけるのは難しいよ」って言われました。確かに難しいかもしれないけど、目の前にあるのに、誰も気づいていない現象というのがあって。身近な鳥をもっと深く観察することで新しいことを見つけられたら、それは単なる発見以上の何か普遍的なことに繋がるんじゃないかと思いました。

 僕はこの研究を、人間の世界と鳥の世界をつなぐことができたらいいな、と思ってやっています。人間には人間の言葉がある、鳥には鳥の言葉がある、どちらも動物の言葉のひとつです。人間と、人間が勝手に作っている動物との間にできた壁を壊す。そこから飛び出すことで私たちの認識できる世界が広がれば、人生も豊かになりますよね。だって動物の言葉がわかる人生とわからない人生、わかったほうが絶対楽しいじゃないですか。

談話構成=渡海碧音

研究調査を続けながら、講演などを通じて一般向けに鳥の魅力を伝える日々

鈴木俊貴(すずき・としたか)
動物行動学者。1983年、東京都生まれ。鳥の多彩な鳴き声に魅了され、研究者を志す。日本学術振興会特別研究員、京都大学生態学研究センター研究員、東京大学教養学部学際科学科助教などを経て、現在は京都大学白眉センター特定助教。シジュウカラ科に属する鳥類が主な研究対象で、鳴き声の意味や文法構造の解明に取り組んでいる。日本生態学会宮地賞(2017年度)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2021年4月)、日本動物行動学会賞(2013年度、2021年度)など、受賞多数。

出典:ひととき2022年10月号

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