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かけがえのない記憶 福森道歩(陶芸家・料理家)

小説家、エッセイスト、画家、音楽家、研究者、俳優、伝統文化の担い手など、各界でご活躍中の多彩な方々を筆者に迎え、「思い出の旅」や「旅の楽しさ・すばらしさ」についてご寄稿いただきます。笑いあり、共感あり、旅好き必読のエッセイ連載です。(ひととき2021年5月号「そして旅へ」より)

 ひとり旅はしたことがない。というより、できないといったほうが良いか。

 寂しいのです。ひとりは。

 4人姉妹の末っ子に生まれた私は、小さい頃は母がいないと夜も寝られない怖がりであった。

 今もそれは変わらず、寝ずの番をせねばならない「窯焚き」でも夜ひとりは無理と、姉に代わってもらう始末……。面目ない。

 旅に行くと、一番の目的はそりゃもう〝食事〟である。仕事で行っても、仕事が終わればこっちのもの! その土地の旨いといわれているものを、さぁ~頂くぞ~。仕事終わりならなお旨し! 仕事先の人や、友達を呼んでの宴会が始まる。でも、ひとりだとおいしいものをいろいろと食べることができない。それもひとり旅を敬遠する理由である。

 海辺が好きだ。

 山育ちの私にとって、牛肉はありがたいことにとてもおいしい伊賀牛があるものだからさしてほかの地で食べたいと思わないのだが、魚となるとそれはもう!

 なかでも、貝の類がすこぶる好きで、知らない貝を見つけては、目を輝かせて頂く。肝が付いていないとお店の人に、「肝は食べられませんか?」と催促(笑)。

 最近のマイブームは、一軒家を借りて、地元の食材を買ってみんなで調理して頂くこと。海辺の一軒家で、10人ほどでワイワイと好き勝手にできるのが良い。

 大きな車をレンタルして家から土鍋やカセットコンロ、七輪や炭を積み込んで、道中に良さそうなお店があれば、買い物や、お昼を食べたりなんかして。夜ご飯をみんなで作って、食べて、好きなお酒を飲んで、また何か作って一晩中楽しい会話とおいしい食事とで、気が付けば朝である。

 たまの近場は車でも良いが、遠くに出かけるのは、もっぱら電車。飛行機には縁遠い土地なので。

 その車窓から見る景色が好きだ。手前は早く通り過ぎても、遠くはゆっくりといろいろな景色を見せてくれる。

 旅は特別な記憶として残ってくれるのも嬉しい。私はめっぽう記憶力が弱く、すぐにいろいろ忘れてしまうのだが、旅の出来事は覚えているほうである。

 最近はスマートフォンという、そこかしこで記憶を留めて、思い出してはすぐに見られる、とんでもない優れものがあるので、それも大変重宝している。

 もうほとんど脳の一部といって良いのではないか?

 スマートフォンには1000を超える画像が残っていて、それを眺めては記憶を辿ることができるので、有り難いことである。旅の思い出は、かけがえのないものを失ってなお、時空を超えてそこに引き戻してくれる、会わせてくれるのだ。

 20代の頃の、姉たちとのイタリア旅行4姉妹珍道中は色褪せることのない、楽しい記憶。この時の思い出は大きな心の財産になっている。

 スマートフォンという外付けの記録を相棒に、かけがえのない記憶を求めて、さて、今度はどこにゆこうか。

文=福森道歩 イラストレーション=林田秀一

福森道歩(ふくもり みちほ)
1975年、三重県生まれ。陶芸家、料理家。短期大学を卒業後、料理研究家・村上祥子氏に3年間師事。辻調理師専門学校を卒業、大徳寺龍光院で1年間修行した後、03年、家業の伊賀焼窯元「土楽」に入る。16年、土楽8代目当主となる。著書に『 スゴイぞ! 土鍋』(講談社)、『ひとり小鍋』(東京書籍)など。

出典:ひととき2021年5月号



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