見出し画像

女たちを誘なう芳香〜フレディー・ウォン監督『酒徒』(2010)

 以下は、2021年12月『香港映画祭2021』の開催に先立つ12月2日付の主催者からのお知らせである。

『香港映画祭2021』3作品上映中止のお知らせ
『香港映画祭2021』で予定をしていました『幸福な私』『暗色天堂』『深秋の愛』は、権利元の都合により、上映を中止とさせていただきます。
11月30日(火)に上記3作品の権利元より、上映許可が出せなくなったとの連絡がありました。以後、権利元との協議を重ねておりましたが、権利元の社内決議にて『香港映画祭2021』への『幸福な私』『暗色天堂』『深秋の愛』の出品を取り下げが決まったとのことで、上記3作品については上映中止せざるを得ないとの決断に至りました。

 このような上映中止の経緯と当方の個人的スケジュールの関係から、12月29日(水)に『酒徒』1本のみを見ることに。上映館は渋谷のユーロライブである。

 『酒徒』という作品は全く知らなかった。Web等による概要紹介は、次のとおりである。(なお、本作品の制作年は2016年と2010年の2つがWeb上等に見受けられたが、本稿では「2010年」として記述を進めた。)

1960年代の香港、小説家のラウは生活のために作家として認められないジャンルである武侠小説や官能小説を書く。引っ越す度に、彼は多くの個性的な女性と出会い、恋に落ちる。女と酒に溺れた彼は、徐々に人生の深淵に落ちていく……。香港文学の最高峰のひとつで、香港では意識の流れの手法を最初取り入れた小説として知られる劉以鬯(ラウ・イーチョン)の「酒徒」を完全映画化。香港映画評論界の重鎮、フレディー・ウォンの長編デビュー作。ダメ男のラウを演じきったチャン・グオチュー(『牯嶺街少年殺人事件』)の演技から目が離せない。また1960年代の香港を見事に再現した美術や衣裳なども本作の見所だ。

 原作は1963年に出版された同名の小説で、「意識の流れ」の手法を用いて書かれたとされている。日本語訳はないが、英訳はあるらしい。言うまでもなく、「意識の流れ」はアイルランドの作家、ジェームズ・ジョイスが用いた表現方法。

 さて、上記紹介にあるように「1960年代の香港を見事に再現した美術や衣装」も見所の本作。強いて分類するなら、ウォン・カーウァイ監督『花様年華』(2000)と同系統の作品といったところ。映像、音楽、女優たちが美しい。主演男優・チャン・グオチューの熱演も光っている。力作と言ってよい出来栄えである。しかし、主人公が引っ越しを繰り返すからといって、香港という都市を『花様年華』のように空間を強調して捉えているわけではない。ミクロ的な描写が続く。あくまで、室内にうごめく男女の生態の方にバイアスがある。

 少し引っかかるところがあった。それは、主人公の中年男性が、うらやましいほど女性たちにモテるところである。年齢対象は、17歳から若い美女、成熟した女性までオールラウンド。アル中で金欠の冴えない男をなぜ、このように恵まれた境遇に置いたのか。そして、男はなぜひたすら酒に溺れていたのか。

 ちょっと違和感。何かあるぞ、と年末年始ぼんやり考えていた。

 そして、少し合点がいった。

 あくまで当方個人の解釈であり、改めて眺めてみると月並みでお恥ずかしい限りなので、示唆程度でご勘弁を。

 原作発表の1963年と、映画制作の2010年という2つの時間的ポイントを想起したい。

 まず、1963年から。

 1945年の日本の敗戦後、香港は日本の占領統治から英領に復帰したものの、1948年頃以降の中国国内での国民党と共産党との内戦激化により、多くの難民が境界を越えて押し寄せた。中国人民解放軍の進駐も懸念されたが、中国共産党は香港の現状維持を決定。1949年に中華人民共和国が成立しても主権は維持された。にもかかわらず、多数の難民流入は止まず、このあたりは映画『慕情』(1955)の背景にもなっている。特に、中国が1962年に「大躍進」政策に失敗すると、餓死をまぬがれようと人々がさらに押し寄せ、1966年に始まった文化大革命までに約60万人が香港に移動したと言われる。その一方で、内戦を逃れてきた上海の経済人の寄与などもあり、1950 年代に入ると軽工業が発展。1960年代に入ると、インフラ充実や生活の豊かさが進んだ。移住した上海人の活躍は、文化面でも著しかったことは、よく知られるところ。『酒徒』原作者の劉以鬯氏も上海から香港に移り住んだ知識人の一人。

 1963年が、活力に溢れた時節であったことが想像できる。しかし、人々が中華人民共和国とのデリケートな関係の中に生きていたことも一方の事実である。

 このように、香港は陸の孤島の如く、かろうじて自由都市の性格を維持した(これは、当方の個人的印象。もちろん、1960年代に香港は貿易港として開かれていた。)。しかし、英国領であることに変わりはなく、また大戦や内戦など押し寄せる歴史の大波による成立の側面が強く、積極的にその持続性が獲得されたとは言い難い。色々な意味で、都市は砂上の楼閣。経済的栄華が現れたにせよ、市民の心の不安が消え去ったわけではなかったはず。1963年の劉以鬯氏が綴った物語を読んでいないが、時代の不安がくすぶる中、劇中多くの女たちが一人のダメ男を求めたのはなぜだろうか。

 1963年から約半世紀が経過。その間に1997年の返還がある。10年以上の一国二制度に基づく行政を経て、2010年の香港はどうなったか。

 ここでは、2010年の4年後、2014年に「雨傘運動」が起こったことを想起すれば足りるかと思う。その後の香港情勢は詳述の必要はあるまい。注意を要するのは、香港に関する情報量は一見すると豊富に見えるものの、報道内容や報道機関などには注意しなければならないことだ。一般市民には極めて難しいことだが、Webやマスメディアに流される情報を取捨選択し、冷静に分析・判断するリテラシーが求められていると思う。

 2010年の映像の中では、女たちは本能的に男のデタラメな生活にある匂いを嗅ぎ取っている。その匂いは、男のデカダンとも見える日常生活の深部に潜む、しかし確実に存在するものから発している。女たちが惹かれるのは、男の真心でも性的魅力でもない。行為・行動の深いところから発散する芳香である。その香りが女たちに予感を呼び起こし、彼女たちをある場所に誘なう。女たちが欲したその場所は、いったいどこであったのだろうか。そこは、男が「意識の流れ」のままに求めていた所でもあったはずである。

 示唆はここまでにしておこう。

 2022年になった。

 3作品の上映中止にもかかわらず、昨年末の『酒徒』上映の意義は極めて大きかった。2022年の年始に、これだけは強く合点がいったのである。