記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

小説『見知らぬ旗』中井英夫 感想

幻想小説を読みたいな。ふとそう思って調べると、中井英夫に行き着きました。

メルカリで本書を購入し読み終えて、感想を書くに至りました。

本作は短編集ですので、短編ごとに小さくあらすじと感想を書いていこうと思います。

※感想ですのでネタバレ配慮等はしておりません。


日蝕の子ら

若者たちが太平洋戦争中に連れ出される時代に日蝕が起きる。
太陽が月に侵されるように背徳的な行為へと向かって行く人々を描いた作品。

日蝕の日に起きる怪しい営みと戦中の厭戦的な雰囲気が魅力。

縁日の妖しげな描写や近親相姦、同性愛や一人での慰み事が背徳的に描かれていて面白かった。

見知らぬ旗

戦中勤めていた通信段本部4号館に黒い穴があった。
と、主人公は思い起こす。

しかし主人公の思い出す戦中は現代に生きる我々が想像する戦争のイメージとは大きく違う。

戦争という暗い穴とそれを抜けきった戦後社会を掛けた作品だと思う。
主人公の戦争は一億総玉砕などでは全くなくて、この作品は戦争のもう一つの側面を暴き出そうと試みているように思った。

戦争中のいわば抜け穴的な生活を送った主人公の物語。

戦中を生きた人間にとっての戦後は変わり過ぎて、三島由紀夫の様に戸惑う人間も多かったのかなと、つい勝手に想像してしまった。

黒塚

戦時中、館に暮らす空想しがちな令嬢のお話。

空想の中で思い人と楽しく過ごすさまを思い描く主人公。
しかし叔母がやって来て長野の方へ疎開しようと言ってくる。

叔母との会話の中で主人公、杏子が精神病であることが指摘され、入院させるために叔母が来たのだと杏子は悟る。

主人公と一族の関係、そして特攻隊員になったはずの想い人尾藤の行方が徐々に明らかになっていく。

短いながらも読者を楽しませようとする工夫がみられる作品でした。
個人的にはこの作品が一番エンタメ小説的で面白く読めました。

びっくりする終わり方です。

時間の罠

暗室に居る主人公。
そこから回想が始まっていく。

暗室を異次元世界のエレベーターと表現し、そこから時空を超えるようにして昔の事を思い出していく。

暗室という不気味さを時間を超えるエレベーターに見立てるのが幻想的で素敵でした。

ヒロインの1人夾子が「夾竹桃の夾子よ」と言うのだけれど、そのシーンが好きでした。

夾竹桃には毒があるようで、キャラが立っているなと思いました。

戦中から戦後を生きる人間を見ると、なんとなく切なくなります。
心の整理ができなかったのではないかと想像させられるのかもしれません。


かつてアルカディアに

アルカディアと現在が繋がる話。
苦しい現代から逃れた先にアルカディアへ至ると言う話。

奇妙な旅行者とはなんなのか、後半に行くにつれて判明していく。


苦しみの果てに美しい古代の街があるというのは、救いがあって良いなと思いました。

ソクラテスが死を怖がらなかったのと同じような話で、少し生きるのが楽になりました。

銃器店へ

端的に言ってしまえば男が地下鉄を使って銃器店へ行くだけの話なのですが、こんなにも異様に書けるのかと、驚かされました。

例のごとく、主人公の男の背景や見えている世界については徐々に明らかになる構成で、その設定もかなり強烈なモノを採用しています。

序盤のミスリード共採れるような文章は妖しくて魅力的。

地下鉄へ向かう階段や地下鉄、自動切符販売機の書き方と捉え方にやはり独特の魅力があると思います。

読んだことのない作風でした。

禿鷹

太宰治に「先生はいつ本当に死ぬですか?」と聞いてしまった著者が書いたおそらくエッセイ。

おなじく三島由紀夫に対しても「芥川、太宰、三島だろう」と悪意なく言ってしまったと書かれています。

芥川も太宰も自殺しているわけですからドキッとするような発言ですよね。

実際その後に三島由紀夫も死んでしまった。

この事から自らを死体の上で飛ぶ禿鷹に例えての、半ば懺悔のようなエッセイになっています。

言った時、実際に死者が出た時には何とも思っていなかったが、後年になって振り返ると”言ってしまった”と思い当たるのがなんとも人間的だと思いました。

全体的な感想

中井英夫の本流を掴めた、とは言い難いかなと思いました。

というのも幻想小説家として名を馳せた著者の作品としては、本作は脇道的なのかなと感じたからです。

幻想的ではあるものの、この本のメインは戦争中の美化と、過度に演出された戦中の窮屈さに対する反撃の様な作品だと思いました。

本人の戦争体験がまずあって、その次に社会に対する考え方があり、最後に幻想小説がある。と言う様な印象を受けました。

もちろん彼にしか書けない様な興味深い作品ばかりであり、面白く読むことはできたのですが、これをもって”中井英夫を読んだ!”とは宣言しにくい感じがしました。

素直に『とらんぷ譚』などを選べばよかったのかなとも思います。

とは言え戦中は意外にも、全員が一億火の玉とは考えていなかったこと等は知る事が出来て良かったと思っています。

堂々と戦中、そして戦後の体感を書いてくれたのかなと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?