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どうすれば「ゴール」を決めて、スタートできるの?

外で何者かが不穏な雄叫びをあげている…。実におめでたいことだ。(こっちには、くるなよ)

…こんな夜は執筆しよう。

「ゴール」ってなんだ?

ゴール。設定する前にあれこれ考える人種がいる。わたしだ。考えすぎて、スタートする前に息切れしている。そのうち初めからゴールなんてなかったのさ、とうそぶく。結果、当初イメージしたゴールに1mmも前進していない結果に終わる。

わかっているくせに、「ゴール」という言葉を見るとなにか神聖なものを前にしているかのように、固まってしまう。完璧主義の悲しき習性。

どうすれば「ゴール」がわかるの?

ゴールなんて曖昧なものだから、最初からハッキリ決まっていることはまれ、と考える。そこは自分なりに「ハッキリ」させるといい。特に自分の趣味とか、自己責任で関係するようなやつはその方法で。約束でもしない限り、すべての取り組むことは自己満足なんだから、自分で好きにゴールを決めちゃえばいい。自分が満足する地点を「ゴール」にして、そこまで進めばいい。探すんじゃなくて、決める。

例1:部屋の片付け

たとえば、部屋の片付け。ゴールを、インテリアカタログに出てくるきれいさ!ってするから、計画すらまとまらずに破綻する。「目の前にある、このくつしたを洗濯機に移動する」という単一ゴールにしぼってしまえば、あとは洗濯機にもっていくだけだ。

例2:積ん読本の処理

たとえば、積ん読本の処理。いつか読みたい、でもいつまでも読めない。どころか、気がつくと増殖している。本は生きているのかもしれない。夜の間、活動していて勝手に繁殖しているのかもしれない(※購入時の理性と記憶力の喪失が原因です)。あるいは「『いまここで買わないと一生後悔するぞ』という声がした」とか本気で信じていても、鏡の前までにとどめておきましょう。他人に言ってはいけない。気味悪がられるだけ。

根雪のような積ん読の処分は、「全部読んでブログにきちっと書評を書いて…」というネバーランドな発想では、まず一生完了しないもの。さらに所詮読書なぞ自己満足。ならばゴールを自分で設定してみる、と。
1. ひととおり「触れる」。その後、①あげる、②売る、③捨てる。
2. ひととおり目次とはじめに・あとがきを読む。その後①②③。
3. パッと目についた目次をネタにブログ記事を書く、あとは本を閉じて①②③。
4. 庭に穴を掘って埋める。

…どれでも、なんでもOK。自分がOKなら。自分の中でゴールを作る。あとはそこに向けて、まっしぐら。

まとめ

つらく苦しいゴール設定になるかもしれない。しかし少なくとも、ゴールを決めれば動けるようになり、いかなるゴールであれ達成すればカタルシスを味わうことができるだろう。失うことも多いだろうが、得るものも多いはずである。

教訓

「はい、これがゴール!」と自分勝手に宣言できるゴールを決めちゃう。
探すんじゃなくて、決める。

このエントリのゴールを自分なりに達成したので、この辺でペンを置くことにする。


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