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福田宏『5分後の世界』

 ※注意
 以下のレビューには、結末まで明かすネタバレを含みます!

 拘束具をつけた仏像たちが人々を無差別に殺戮する…というショッキングな漫画。

 その残虐な殺しっぷりは、仏像=人がすがるもの、という善いイメージを覆します。

 わたしは法事の折に手を合わせる程度の信仰しか持ち合わせていませんが、そんなわたしでも、仏像がまるで呪詛を吐くかの如く「KILL HUMANS」と言うシーンには「こんなに仏像が人を憎悪するなんて…!」と戦慄しました。

 地蔵も。

 愛染明王も。

 宝冠阿弥陀も。

 ありとあらゆる仏像が人間を容赦無く襲ってきます。

 仏像たちは「一部の人間を懲らしめてやろう」としているのではありません。

 「世界中の人類を殺し尽くす」ことを望んでいるのです。

 その、明確な殺意。

 凄まじい憤怒。

 …読んでいると目眩を覚えます。

 しかし、仏像が襲撃してくる描写は残酷ではありますがスピード感と迫力がありますし、主人公たちが特殊能力を得てバトルシーンを繰り広げる等、単にグロテスクなだけではなく少年漫画らしい読み応えもある漫画です。

 何よりも、「仏像たちが人々を殺し始める5分前の世界」に戻れるタイムリープアイテム(ブレスレット)を主人公が持っている、というのがポイント。

 わたしは「きっと主人公がこの惨劇が起きる前に食い止めてくれる」と希望を抱いていたので、この漫画がどんなに不気味でも、読み進めることが出来ました。

 そうでなければ1巻でリタイアしてしまったと思います。

 …ここまでこのレビューを読んでくださった方の中には、「タイムリープ出来ると言っても、たった5分しか無いのに、一体何が出来るんだ?」と思った方もいるかもしれません。

 しかし、その「たった5分」をいかに使うかがこの漫画の肝。

 たった5分であっても、「過去に戻ってやり直しが出来る」というのは非常に大きなこと。

 「未来を変えよう」と努力すれば、未来が変わるからです。

 ほんのわずかなことだとしても、何か行動を起こせば、必ず未来が少し変わって、まるで幾つもの枝葉に分かれていくように、元々あったのとは違う未来へと行き着きます。

 SFの醍醐味ですね。

 また、主人公の幼馴染みが遺した「日記」の内容が、主人公たちが未来を変えるため行動を起こす度に変化していく…というのも、大きな見どころの一つ。

 その日記が、「かつてその幼馴染みが読んだの内容を記録したもの」であることも、同じく本が好きでよく読書記録をつけているわたしには興味深く感じられます。

 その本の内容は、奇妙なことに、今の主人公たちの置かれている状況と酷似しています。

 当初、その日記には「その本の主人公以外は全滅。主人公は仏像による恐怖と絶望で動くことが出来ず、諦めの中で世界が終わった」ということが書いてありました。

 しかし、主人公たちが懸命に努力すると「仏像をからくも倒し仲間と無事に帰還した。その後…」といった風に日記が変化しました。

 日記の内容が変わる、ということは、基となった本の内容そのものも変化した、ということ。

 この本は何なのか?

 この本の著者は何者なのか?

 謎は深まり続けます。

 仏像たちの正体。

 拘束具の意味。

 日記の謎。

 そして何よりもこの漫画の結末が知りたくて、わたしは一気に1〜7巻まで読み耽りました。

 …仏像たちによる殺戮の理由を知った時、ひどく胸が痛みました。

 仏像たちがこのような凶行に及んだのは、

 「古代から、仏像たちは地球外から地球へとやって来ていた。当時、仏像たちと人間たちは友好関係を築いていた。人間たちが〝あんたらには村づくりを助けてもらっているから感謝を込めて作った〟と仏像を模した像を作るほど、お互いに好ましく思っていた。しかし、これから遥か先の未来では、その関係性が激変。人間たちは仏像たちの体の中の希少な金属を奪うため、仏像たちを襲撃し、仏像たちに拘束具をつけてその力を抑制した。仏像たちの王・宝冠阿弥陀は人間たちを愛していたので、こんなことはやめるよう人間たちを説得しようとしたけれど、宝冠阿弥陀もまた他の仏像と同じように拘束具をつけられてしまった。そして人間たちに想像を絶する酷いことをされた。だから、宝冠阿弥陀は、人間たちに襲撃されるより遥か昔(主人公たちにとっての「現代」)へ、他の仏像たちと共にタイムリープし、人間そのものを根絶やしにすることで、惨劇の発生そのものを食い止めようとした」

 …という理由によるもの。

 資源を巡る人間の欲深さにゾッとします。

 欲しいものを手に入れるためなら、かつてお世話になった仏像たちへの恩を仇で返すのも平気とは!

 しかしながら、人間側としては、「はい、そういう事情でしたら、わたしたちが絶滅させられても仕方が無いですね」なんて諦めるわけにはいきません。

 「人間たちも仏像たちもお互いに共存出来る方法」を、主人公は模索します。

 お互いに一滴たりとも血を流さずに済む、双方が犠牲を強いられない方法を。

 それはまさにSFならではの方法でした。

 少年漫画らしい、救いのある結末で、わたしはこの漫画を読み終えてホッと一息つきました。

 こうして読み終えてみると、この漫画のタイトルが『5分後の未来』であることが非常にしっくり思えてきます。

 主人公たちは当初、いつも通りの平凡な毎日を送っており、まさか今から5分後に仏像たちが人間たちを殺戮し始めるだなんて、思いもよりませんでした。

 誰も「5分後の世界」がどうなるか分からないのです。

 それは、現実のわたしたちにも言えること。

 5分後、のんびりくつろいでいるかもしれません。

 5分後、事故・犯罪・戦争・災害が起きるかもしれません。

 5分後、何かの発作が起きて死ぬかもしれません。

 5分後、仏像たちが人間たちを殺し始めるかもしれません。

 たった「5分」で今と未来が大きく変わる可能性があるのです。

 「いつもの日常」も「当たり前の風景」も、実はとても贅沢なもの。

 …それはごく当たり前のことなのに、最近忙しさにかまけてすっかり忘れていたな…、とわたしはこの漫画を読んで反省しました。

 一瞬一瞬を大切に生きましょう、とこの漫画は気づかせてくれました。

 また、人間以外のものとも出来る限り仲良く共存していきましょう。

 何でもかんでも奪い尽くせば人間の暮らしが良くなるというわけではないのですから…。

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