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手の中の音楽29〜トニー・ベネットのラスト・アルバム「Love For Sale」

NYで観たビリー・ジョエルのコンサートで、トニー・ベネットゲスト出演した話を書いたと思ったら、訃報が流れてきた。

既に引退を発表しており、享年も96歳と大往生ではあるが、 「国民的歌手」の時代がいよいよ終わるのかと感じた。家族が、そして国民全体が一つのエンターテイメントを楽しむ、ネットの発達によってそうした共通体験が失われ、「国民的歌手」が生まれる土壌が消えたように感じる。そして、“レジェンド“と言われる人たちが、徐々に姿を消していく。

1926年生まれのベネットが、“Because of You“で最初の全米1位に輝いたのが1951年、彼の代表曲というよりも、アメリカのポピュラー音楽の代表曲の一つと言える“思い出のサンフランシスコ“が1962年である。

以来、第一人者としての立場を保ち続け、90歳を超えてもアルバムを発表した。New York Times紙の見出しには、<his career was remarkable for both in its longevity and its consistency>とある。彼のキャリアの永続性と一貫性について讃えているのだ。

その最後のアルバムとなったのが、レディー・ガガとの共作「Love For Sale」である。

ベネットは2006年、生誕80周年の記念の年に、数々の大物アーチストと共演したアルバム「Duets」をリリース、グラミー賞も受賞し、その後も「Duets II」「Viva! Duets」と同様の作品を発表した。こうした企画が実現したのも、彼の偉大さを証明している。

「Duets II」で、レディー・ガガとロジャース/ハート作の“The Lady Is a Tramp“を唄っているのだが、それがきっかけとなり、2014年に共演アルバム「Cheek To Cheek」が発表され、ツアーも行われる。トニー・ベネット88から89歳にかけての年である。

さらに2021年、2枚目のアルバム「Love For Sale」がリリースされる。前作もスタンダード中心だったが、本作は全てコール・ポーター作品で占められており、トニー・ベネットにとって20個目となるグラミー賞が授けられる。

私は、ポップ・アイコンとしてのレディー・ガガには興味がなく、アルバムも聴いたことがないが、この2枚のデュエット作は愛聴していた。

「Love For Sale」はコール・ポーターの名曲がずらっと並び、音楽も歌唱も素晴らしいのだが、何よりも二人の楽しそうな様子が生き生きと伝わってくる。“I've Got You Under My Skin“ではガガが‘Like Tatoo‘と合いの手を入れるのだが、実際レディー・ガガはトニー・ベネットのデザインしたトランペットをタトゥーとして彫ったらしい。

二人が共演を心から喜んでいるので、聴いている方も気分が高揚する。そんなアルバムである。

90歳越えとは思えない、トニー・ベネットの歌声が力強く美しい上に、レディー・ガガの声がジャズによく合っている。キャリアの最後に、特別なパートナーを得たのも、トニー・ベネットならではという感じである。

「国民的歌手」がまた一人鬼籍に入ったが、その歌心はレディー・ガガへと受け継がれたのだろう。ご冥福をお祈りする

「手の中の音楽28」はこちら

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