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旅の記憶23(最終回)〜サンクトペテルブルグの税関で

帰途につくべく、サンクトペテルブルグの空港に到着した。

エアラインのチェックイン・カウンターでの手続きの前に、出国手続き・税関があり、行列が出来ていた。我々の番となり、武骨な制服姿の男性陣が荷物を調べたのだが、次女の持つバイオリンが念入りにチェックされた。次女は、バイオリンを習っており、旅行の際も楽器を携帯していた。

そして、係の比較的若い男性が、「これは問題だ。入国時に持ち込みの申告をしたのか?」と聞いてきた。私は、「していない。そもそも、子供用の小さなサイズのバイオリンで、さほど高価なものではない」と主張した。

それでも、男は「こうした高価な物品をロシアから持ち出すには、税金を支払う必要がある」とか言って、難癖をつけてきた。私は、再度「税金を払うような値段のものではない」などと反論し、双方に押し問答となった。

すると男は、「では免税品で何か買えばよい」と条件を出してきた。私は、なんのことかさっぱり分からなかったのだが、この場を逃れるにはと思い「Yes」と答えた。そうしてようやく、出国手続きが終了、チェックイン・カウンターに向かったが、そこも長蛇の列だった。

やれやれと思っていたら、先程の係官がそばに来て「俺についてこい」と先導、列の先頭まで我々を連れて行き、チェックイン・カウンターの人に「この人達の手続きを先にやってくれ」と指示した。おかげで待つことなく手続きができ、ずいぶん親切な人だと思いつつ、謎の指示を実行すべく免税店に入った。

商品棚を眺めていると、あの係官が再び出現し、ウィスキーの棚を指差し、このウィスキーを買ってくれと言ったのだ。鈍感な私は、ここでようやく“袖の下“を要求していることに気がついた。そのウィスキーは日本円で3000円程度のもので、可愛い要求ではあった。

私が会計をしていると、免税店の外に係官が満面の笑みを浮かべて立って待っている。会計を済ませ、私がそのウィスキーを手渡すと、男は「ありがとう」と言って受け取り、去っていった。

つまり、制服の係官は税関で私に“袖の下“を要求し、その持ち場を離れ、衆人が見ている中、制服姿でその対価であるウィスキーを受け取ったのである。我々をチェックイン・カウンター先頭に誘導したのも、いち早くそのプロセスを実行する為だった。

ロシアでは誰も咎めない、普通の光景なのだろう。

私はとんでもない国だなぁと思い、妻は憤り、我々はロンドンへと向かったのだった


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