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切手で出会った傑作、黒田清輝「湖畔」を観る〜「重要文化財の秘密」@国立近代美術館

小学生の頃、記念切手を集めていた。あの頃の子供は必ず通過した“趣味“のように思う。ストックブックという、簡易アルバムを買い。切手は専用のピンセットで挟んで、手の脂がつかないようにした。カタログブックも手に入れ、発行された切手の数々を眺めながら、次に入手すべきものを考えた。たしかおおよその時価が載っていたように思う。

様々なシリーズが発行されたが、有名なものの一つが、今も続く「切手趣味週間」。年に1枚、日本美術の名品を美しい切手に仕上げた。Wikipediaによると、最初の1947年は普通切手を小型シートにしたものだったようだが、翌年からはいわゆる記念切手の仕様となり、1948年が菱川師宣の「見返り美人」、翌49年が「月に雁」。当時私が何度も見ていたカタログにおいて、この2枚の切手は燦然と輝くスター切手で、とても手の届かない代物だった。記念切手は、発行枚数の多さからか、安価で取引されているが、この2枚は今でも高価である。

この「切手趣味週間」シリーズで、私が鮮明に覚えているのが、上村松園「序の舞」(1965年発行切手)、黒田清輝「湖畔」(1967年)と小林古径「髪」である。もちろん、当時は作者もタイトルも知らない。

この3枚は重要文化財であり、「湖畔」と「髪」は、国立近代美術館で開催されている「重要文化財の秘密」展で観ることができる。私は「湖畔」をぜひ見たく、竹橋へとおもむいた。

長蛇の列ではないが、連休中の谷間ということもあり、それなりの人出である。コロナ禍を経験し、事前に時間予約ができるので、その点は便利になった。

今回初めて知ったのだが、国立近代美術館は開館50周年、その開館とほぼ同時期の1950年に重要文化財という仕組みが誕生。今回は開館50周年も記念し、明治以降の作品で重要文化財に指定されているものが集められた。なお、この中から“国宝“に昇格する作品が出るのだが、明治以降の作品はまだない。

重要文化財として展示されている作品は、発表当初から傑作とされたものばかりではなく、時の洗礼を経て、重要文化財として評価された。展覧会の惹句は、“「問題作」が「傑作」になるまで“である。

展示は日本画から始まるが、竹内栖鳳の「絵になる最初」がチャーミングだ。ヌードモデルになることに恥じらいを感じる女性を描くという着想も素晴らしいし、その出来栄えが色っぽい。

小林古径「髪」は、上半身裸の女性が髪をすかせるという構図だが、上品でいやらしさを感じさせない。高橋由一「鮭」の迫力に感心していると、黒田清輝「湖畔」が入ってくる。実物は、ちょうど良い感じの大きさ。背景の芦ノ湖、美しい顔の中に秘めるものがある女性、そして小道具の団扇。

洋画コーナーの作品は全て素晴らしいのだが、西洋絵画の巨匠にどことなくつながる印象がある。「湖畔」は、パリで学んだ黒田清輝が西洋画を自分のものにし、彼にしか描けない絵を生み出したと感じる。これは発表と同時に「傑作」になっただろう。それでも、重要文化財に指定されるまで、100年以上の時が経過している。

その意味では、萬鉄五郎の「裸体美人」は、解説にある通り、ゴッホやマティスの影響下にあることが分かるが、そのことを超えて発する魅力がある。黒田清輝は、東京美術学校(現東京芸大)の指導教官だったが、「裸体美人」にはエスタブリッシュした絵画をぶっ飛ばそうとするパワーがある。こちらは、最初は「問題作」だったに違いない。こちらは88年後に重文指定されている。

彫刻・工芸品も含めて、重要文化財のオンパレードに感心させられ、また少し日本美術の勉強をさせてもらった。

前期・後期で多少の展示替えがあったが、作品リストを見ると、前半は鏑木清方の「三遊亭圓朝像」が展示されていた。落語「文七元結」「芝浜」などなど、名作を世に出した圓朝の御尊顔を仰ぎたかったが、「湖畔」の展示が後半だったので、致し方がない。

展覧会は5月14日までの開催。夜間開館が実施される日もある

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