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玉子とじが身に沁みる〜神田「まつや」で徳利とともに

7年間、職場が御茶ノ水だったので、神田連雀町の「まつや」でしばしば昼食をとった。離れてから1年半以上が経ち、訪れる機会がなかったのだが、久方ぶりに近くにいた。しかも、夕方である。「まつや」呑みを逃す手はない。

18時過ぎ、入店すると席はおおむね埋まっていたが、満杯ではなく席につくことができた。まずは熱燗を注文し、つまみを選ぶ。今日は焼き鳥である。塩かタレが選択だが、迷うことなく塩でお願いする。

徳利と共にそば味噌が供される。盃は、上品な小さめのもの。味噌を舐めながら、お酒をいただき、焼き鳥を待つ。そして、この後に頼む蕎麦を検討する。

若い頃、この手の老舗そば屋に来ると、「もりそば」「せいろそば」といった、シンプルな冷たいそばしか頼むべきではないという呪縛に囚われていた。ピザ屋で例えると”マルゲリータ至上主義”のようなものである。そばの香りを楽しむには、ざるにのった蕎麦を、まずは何もつけずに食べる。次に、ほんの少しつゆにつけて食べる。ワサビは決してつゆに溶かさず、そばの上に乗せワサビの香りを損なわないようにする。ネギは合いの手として、箸でつまみつゆに少しつけて口に入れる。食べ方にもこだわった。

ちなみに、「まつや」では「もりそば」はワサビがつかず770円。「ざるそば」は刻み海苔がかかり、本ワサビがついて935円である。

歳を重ね、「もういいじゃないの」と思い、「まつや」でのランチにおいては、メニューの消し込みを実施した。残念ながら全品制覇はできていないが、「おかめ」「花巻」など、自然体では注文しない蕎麦を食した。このプロジェクトで発見した、「まつや」のおすすめは、冷たいそばでは「そばとろ」。とろろそばだが、とろろを加えたつけつゆが絶品である。温かいものでは、「親子南ばん」。鶏肉のクオリティと、卵の半熟加減が絶妙の組み合わせになっている。

そう、私が焼き鳥を選んだ理由の一つは、「親子南ばん」を通じて体験した鶏肉への信頼に基づいたものであり、深謀遠慮の結果なのだ。

講釈を垂れているうちに、焼き鳥が運ばれてきた。なお、私は一人であり、脳内での独白である。期待に違わず、ちょうど良い弾力であり、塩の塩梅も完璧。塩とカラシが添えられていて、七味でなくカラシで食べることにより、そばに七味を入れた際の味のかぶりが避けられる。ネギの焼き加減も完璧だ。

酒もすすみ、焼き鳥も残り3分の1程度になった時に、かねてから検討を重ねていた蕎麦を注文する。季節は温かいそば。今日は「玉子とじ」である。

そして、私の細かい芸当がここで頭をもたげる。蕎麦が来るまでに焼き鳥を食べ切ることはせず、焼き鳥を2片、ネギを1本を残しておく。

登場した「玉子とじ」。完璧な半熟の玉子、青菜、かまぼこ、海苔というラインアップがトッピングされている。この海苔がいい仕事をしていて、香りと食感でより豊かなそばを創出する。数口食べた後、残しておきた鶏肉とネギを投入する。「玉子とじ」を食べながら、「親子南ばん」のフレーバーも楽しもうという、なんとも贅沢な試みである。こういう時は、真に「自分で自分を褒めてあげたい」。

「まつや」では、温かいそばでも蕎麦湯を出してくれる。「かけ」においても、少し濃い目のつゆでもあり、このサービスは嬉しい。適度な濃さに薄めてつゆを楽しみ、神田「まつや」での贅沢な夜(3000円弱でこれだけの幸せを感じているのである)は暖簾を降ろした



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