社会人博士はいいぞ (n = 1)

この記事は、社会人学生 Advent Calendar 2020 の 22 日目の記事です。

この記事のメッセージは、タイトルの通り、「社会人博士はいいぞ (n = 1)」です。「社会人博士はいいぞ」ではないです。「社会人博士はいいぞ (n = 1)」です。もう少し言語化しておくと、「社会人博士は僕にとって素晴らしく有意義なものである。一方で、社会人博士にはそれぞれ特殊な事情があるのだから、あなたにとってどうかはわからない。個別具体的な事情を勘案した上で、あなた自身で考えていただきたい。」となります。

また、蛇足ですが、個人的には労働している人を指す「社会人」という言葉があまり好きではないのですが(労働していようがいまいが社会の構成員では? という気がするので)、この記事では「働きながら博士課程にいる人」を、広く用いられている「社会人博士」もしくはその略称である「社 D」などと称します。

あんた誰?

horiem と申します。株式会社科学計算総合研究所という会社でサラリーマンをしつつ、筑波大学博士後期課程 1 年(いわゆる D1)です。研究トピックは「機械学習による数値解析の高効率化」です。最近のプレゼン資料と動画を貼っておきます。

どういう経歴?

修士までは千葉大学で物理をやっていました。M1 のころに博士か就職か迷ったんですが、早めにお金が欲しかったのと、自分の中に物理学的な問いがなかったことに気づいて就職をしました。その後紆余曲折を経て今の会社に就職して、なりゆきで物理シミュレーションを機械学習する仕事をはじめました。そしたらこれが思いの外おもしろく、社会人博士、行ってみようかな☆ って感じです。

なんで社会人博士?

いろいろ理由はありますが、一番は「個人的な感情として博士号を取りたいから」です。もともと人生として学術的なコミットを多少なりともしていきたいと思っていて、そのためにはやはり博士課程で鍛えたほうがいいだろうと思っていました。もともと物理をやっていましたが、僕は学術と同時にお金が儲かることも重視するようになったので、僕自身が儲けやすいと思った工学よりの領域に鞍替えしています(物理がだめ、という話ではなく、あくまで僕の方針の問題です)。

また、会社でやっていたことをもっと学術的に突き詰めていけば業務で出会す問題が一気に解けて、会社にももっと大きな価値がもたらせるのではないか? と思ったこともきっかけのひとつです。幸いにも、会社からもこのネタで D 進することを認めてもらえたので、大学で研究すれば会社の業務も相乗効果で進むという、かなり理想的な形で社会人 D ができています。

なんで筑波大学?

指導教官で選んだところが大きいです。もともと指導教官の方とは知り合いで、僕の研究内容についても興味を持っていただいてました。また、僕は数値計算に関する知識があまりないので、数値計算手法に関する研究室で関連する知識をサポートしてもらいながら機械学習をやらせてもらえたらと考えました。これに関しては、現在かなり狙い通りに行っているかなと思っています。一方で、機械学習に関する情報は数値計算に比較すると勉強会などで情報が得やすいだろうと思ったからというのもあります。ただ、ここに関しては若干後悔していて、表層的な知識はある程度得られるものの、機械学習の専門家ともっと頻繁にディスカッションしたいと思うことはよくあります。

また、もともとは東京大学を中心に研究室選びをしていましたが、数値計算関連の研究室とはあまり研究内容がフィットせず、機械学習関連の研究室は倍率が高いため業績が足りず入れなかった、という経緯もあります。

社 D 大変?

あまり大変さは感じないです。僕の場合は会社の業務のアカデミック要素を切り出したような研究ネタなので、実質的に会社からおちんぎんをいただきながら大学でも研究しているみたいな感じです(ちなみに学費は自分で出しています)。もちろん大学ならではの用事(といってもゼミくらい)と会社ならではの用事はありますが、そんなに多くないです。

ただひとつだけ、国際会議用の論文を書いたのがとても辛かったことは鮮明に覚えています(ジャーナルと違って期限が明確にあり、かついろいろなことがギリギリだった)。なのでたぶん博士論文を書くときにはもっと辛くなってるとは思います。笑

コロナの影響は?

こちらもあまり感じていないです。というか厳密には測定不能です。僕の入学は 2020 年 4 月なので、コロナ前の社会人博士ライフを知らないからです。入学式も中止となり(そういった意味では影響を受けている)、ゼミや指導教官とのディスカッションもリモート主体で、今年度で大学に行ったのは 1 回だけです。

ただ、幸いにも僕は研究室に行かなくてもできるプログラミング主体の研究なので、リモートのディスカッションがちょっとやりにくいなとたまに感じる(ホワイトボードをガシガシ使ったり身振り手振りのコミュニケーションができない)くらいで、基本は快適です。もともと指導教員の方と知り合いだったというのもあって、よく言われるコミュニケーションの障壁もほとんど感じずに済んだからというのもあります。あんまり研究室のメンバーと絡めていないのはちょっと寂しいなと思いますが、これがコロナのせいなのか僕がおじさんであることによるジェネレーションギャップなのかはよくわかりません。

また、授業もほとんどがリモートになり、移動などを考慮せずに出席できるところも便利でよかったです。リアルタイムでの出席が求められる授業は極力避け、アップロードされたビデオをいつでも視聴できる講義をメインで取りました。そうすることにより、仕事は仕事で集中して終わらせ、まとまった時間を確保して一気に授業を受けレポートを書くみたいな流れで進めることができました。これで前期後期 3 コマずつ授業をとっていますが、リモートでなければこんなに簡単にはいかなかったでしょう。

一方で、もちろんコロナの影響をもろに受けた方々がいらっしゃることは直接的にも間接的にも知っているつもりです。あくまで僕に限って言うとこうだったという話で、不利益を受けてしまっている・これから受けることになるであろう方々にどのように対応していくべきかは考えていかなければいけないことだと思います。

余談ですが、講義で僕が英語でプレゼンしたからか、留学生の方々から講義に関する質問をチャット等で受けたりすることが何度かありました。この状況下でせっかく頼ってもらったんだからと思って、できるだけ丁寧に答えるようにしています。おそらく平常時であればもっと身近な人に聞けただろうにまともに話したこともない僕に質問を投げかける勇気を思うと、やはり大学全体としてはあおりを受けていることは間違いないと思います。

授業大変?

上記のとおりリモートかつほぼオンデマンドで講義が進んでいくので、その点はとてもやりやすかったです。ただ、論文の締め切りとレポートの締め切りが重なっていたときにはなかなかつらかったですね。ただ、今までやろうやろうと思っていた有限要素解析(数値解析のポピュラーな手法)のコードをレポートの一環で書けたりしたので、そのあたりはよいインセンティブになったかなと思います。

進捗どうですか?

まだまだですね。国内ジャーナルに論文を 1 本出して、国内学会にちらほら出たくらいです(すべてリモート)。機械学習と計算力学の融合領域を攻めているので、まずは基礎となる手法で機械学習の国際会議を通してからそれを計算力学的に発展させて計算力学系のジャーナルを通しまくるという戦略でいます。

基礎となる手法はできつつあるのですが、これで国際会議を通すのがまだできていないですね(悲しい)。今まで機械学習分野の論文は書いたことがないので見せ方に苦労している部分もあります。D2 のうちに国際会議を 1 本通したいですね。

社会人博士はいい?

社会人博士はいいぞ (n = 1)。ただ、ここまで読んでいただいた方には分かる通り、僕は僕なりのさまざまな条件が重なり合ってこの結論に至っていることに注意していただければと思います。そもそも社会人博士自体がまだまだポピュラーなパスではないと感じているので、おそらく社会人博士の方はそれぞれいろんな事情があるんだろうと思っています。

一方で、個人的には社会人博士(や退職 D 進)はよりポピュラーなパスになってもいいんじゃないかと思っています。もちろん修士を出てすぐの博士課程があることも重要ですが、一度労働を経てそれでも学問への情熱が忘れられないとか、仕事の中で新しいリサーチトピックを思いついたとかで博士課程に戻ることももっと「普通」になってもいいのではないかと思います。少なくとも僕は仕事によって、自分はこれを研究するんだというトピックを得て、そして現に社会人博士をやっています。しかも給料までもらっています。おそらく僕は、修士を出てすぐに博士課程に行っていたら逃げ出していたと思います。

また、社会人博士がいることによって、本人だけでなく、研究室や企業にもベネフィットがある可能性があります。研究室では多様な学生がいることによる議論の活性化が起こったり、まだ働いたことのない学生さんにとって社会人博士が働くことへのよい参考になったりするかもしれません(僕がそうだとは言わないですが)。企業にとっても共同研究が促進され、アカデミックの成果をビジネスに適用することによって競合優位性が確保できる可能性があります。

もちろん、企業の制度や大学の社会人枠、単位の認定や本人のリソース問題など、考えるべきことはたくさんあると思います。その上で、やはり僕はこう言います。「社会人博士はいいぞ (n = 1)」。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?