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北欧ウォーク 9 デンマークの風通しのいい刑務所               


コペンハーゲンのニューハウン港と観光船   

コペンハーゲンは魅力がいっぱいの都会です。アンデルセン童話の時間そのままのような町並みや、中世の城や港、バレエやオペラ、食事やビールが楽しめ、だれもが好きになることでしょう。
 そしてびっくりもさせてくれます。たとえば、家庭内暴力を受けて苦しむ家族の避難場所が、中央駅から1kmほどの市内の目立つところにあります。150年ほど前に建てられた元王妃の館ですから、観光名所になっていいようなところ。逃げた妻を探すDV夫に、すぐ見つかりそうな建物です。これについては、またいつか書かせていただきます。 

コペンハーゲンの西刑務所入口  

 今回は刑務所です。デンマークでいちばん有名なビールはカールスベア。淡泊なので飲みやすい。世界シェア4位で、日本では消えかけていますが、東南アジアでは盛んに飲まれています。カールスベアのかつての工場は、コペンハーゲン中央駅から西へ2kmほどにありました。いまは海外に移転し、広い跡地はIT企業や学校、住宅などさまざまな施設に転用されています。その一つが、コペンハーゲン職能大学です。保育士やソーシャルワーカーなどの福祉系や医療従事者などの専門職の人たちを教育する場。学生数は2万人というから、かなりのマンモス。10年ほど前に職能ごとの学校を1か所に集め、大学前の駅の名前はカールスベアに変わりました。中央駅から2駅です。

橋の向こう側が刑務所。白い建物はコロナ禍中に建て替えられたよう 

 大学キャンパスの入口の前、駅の向こう側にあるのが西刑務所。周りは金網の低い塀で囲まれ、その奥にレンガ造りの高い塀があります。中の4階+屋根裏建ての十字型の監房は塀よりずっと高いので、外がよく見えると思われます。刑務所にいても、駅や大学の入口を闊歩する、青春謳歌中の若い学生たちの姿が目に入ることでしょう。最新のファッションや移民の増加などの社会の変化が見えるので、出所しても浦島太郎状態にはならないですみます。社会にやさしく受け入れようという気持が感じられます。

右側の十字の建物が監房 

 建物はデンマークでよく使われる赤レンガ作り。この写真は、8階建ての大学の屋上からの、2018年当時の眺めです。刑務所を上から眺められる、それもノーチェックで誰もが入れる大学の屋上から、真下にみることができるのは、ふしぎな感じです。見ているこちらが悪いことをしているような気持ちでした。でも、学生さんたちには日常で、刑務所や港のあたりをながめながら、日光浴やランチを楽しんでいる様子。一部の教室では、刑務所を見ながら、ソーシャルワークの勉強ができるかもしれません。この西刑務所には530人が収容されていて、その多くが刑が決まっていない未決囚。デンマークの3種類の刑務所の、拘置所、開放刑務所、閉鎖刑務所の中の拘置所にあたるのでしょう。


ホルセロード刑務所の入口 

 コペンハーゲンから北へ30kmほどにあるヘルシンガーは、シェイクスピア作の戯曲「ハムレット」の舞台のクロンボー城で知られています。この町から西へ8㎞ほどの平地に、ホルセロード刑務所があります。ここも外側の塀は金網で、その奥に遮断塀がないので、外からも、中からも見通せます。刑務所に沿った道をバスで何回か通りましたが、写真を撮ったのは1回だけ。なぜか撮ってはいけないような気になってしまうのは、日本人だからでしょう。運転手は写真を撮れよとばかりに、スピードを落としてくれるのですが、いつも躊躇してしまいます。ここは271人の男性囚人が服役している開放刑務所で、刑務所の外での労務や、学校での勉強を許される人もいるそうです。

触法障害者も働く農園のグループホーム。

 10年ほど前に、ユーラン半島最大の都会オーフスの郊外で、知的障害者とADHDが働く住宅付き農園を訪ねたことがあります。障害者が農場で働きながら、自立した生活のしかたを学ぶ施設です。訪問して初めて、ここには4人の触法障害者が5年の刑で住み、働いていると知りました。その犯罪は殺人や放火などでけっこう重く、一人ひとりに監視が24時間ついているとのことでした。懸命に目を凝らしましたが、どの人が監視人で、どの人が殺人犯かはまったくわかりませんでした。このような農園も開放刑務所にふくまれていて、この国で増えているそうです。

 運悪くIQが低く生まれた知的障害者の犯罪は、犯罪グループから誘われたとか、人からだまされたとか、たまたまの出来心からが多いとのこと。それで命を消された方や家族は、簡単には納得できないでしょう。とはいえ、罰として残りの人生の大半を刑務所で過ごさせるのも、過酷なことに思えます。この国では、犯人に恨みを返すことに意味があるとは思えない、生きている罪人の残りの人生を、有意義なものにすることのほうが大切ではないか、と考える人たちが増えているのでしょう。農園にいる触法障害者は、閉鎖的な刑務所で過ごすには向かない、塀も金網もない開放的な場所で働けば、早くグループホームなどの暮らしにもどせる、と判断されたそうです。暴力的な人や反抗的な人には、閉鎖刑務所があります。コペンハーゲンの南140kmの、ローランド島の刑務所がよく知られていて、だれもが行きたくないところ。問題が起こると、ローランド島の名前をだせば、収まるといいます。こまかな問題はあるが、医療の力や職員の指導に従い、みなここできちんとした生活ができているとのこと。脱走者もまだいないと聞き、今後も続いてほしいと思いました。     


農場の住宅では、部屋から外へかんたんにでることができる

 デンマークでも少子化が進んでいます。人口減少は目前です。一人ひとりが大切です。罪を犯した人であっても、せっかく生まれてきたのだから、更生して人生を全うしてもらうほうがいい。できるだけ早く社会に戻り、働いて税金を払ってもらうほうが、国民みんなに有益のはずです。社会に戻りやすいように、家族との面会のための個室を用意したり、塀を金網にしたり、囲いを取り去ったり、出所後のケアをする人が出入りする制度を作るなど、さまざまな研究、努力をしていると聞きました。

 いまのロシアの報道を耳にすると、囚人は戦地に駆り出して死なせるような、人を物として扱う国とは、デンマークは違う、とつくづく思います。 

 コペンハーゲンは楽しむだけでなく、いろいろ考えさせてくれる都会です。また行きたくなります。

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