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【馬と人の関係】車が人を愛する

いつもタロウさんとルーカスと接していると、「あ、もしかして、自分は愛されてる?」と思う瞬間があります。
馬の愛に包まれ、時間の感覚が消滅して、心から満ち足りた気持ち。
同じような感覚を覚える人は、少なからずいらっしゃると思います。
「わかる!!その感覚!」という人たちが。

馬が人を愛する。

引用:ホースハーモニー読本

今日は、馬ではなく自動車のお話。
「人々に愛される車」ではなく「人々を愛する車」、そういう車を造ろうとした「スカイラインの父 櫻井眞一郎」(2011年逝去、81歳)のお話です。

スカイラインという自動車は、日本ではもう数少ないとても歴史のある車です。
太平洋戦争時代に、戦闘機開発に携わっていたいた技術者たちが、戦後集まって作った富士精密工業という会社で、初代(1957年、昭和32年)が産声をあげました。
その後、富士精密工業はプリンス自動車工業と改名し、日産自動車に吸収・合併されて、現在の13代目にいたるまで、なんと67年間も多くの人々に愛され続けている息の長い車です。

その6代目にあたるのが、この物語の主人公「New愛のスカイライン」と呼ばれた日産スカイライン(R30型)です。(なぜNewなのかは割愛します。)

物語の主人公 R30型スカイライン

「スカイラインの父」と呼ばれ、今でも多くの人たちが愛してやまないスカイラインという車を開発してきた櫻井眞一郎氏は、このR30型スカイラインを開発するときに、新型スカイラインをイメージして、一つの物語を作り、語りました。

開発チーム全員が、安易にわかった気にならないように、そしてこれから造る新型スカイラインのイメージがチームのメンバー全員の脳裏にしっかりと根付き、共通理解できるようにと、具体的な開発に着手する前に、敢えて絵や図面を使わず、言葉だけで話して聞かせたそうです。

この物語のタイトル「戦場ヶ原せんじょうがはらの稲妻」は、櫻井氏自身がつけたのではなく、チームの人たちから誰ともなく、後に名付けられました。

車が人を愛する。そんな櫻井眞一郎氏の思いがつまった物語です。

戦場ヶ原の稲妻Movie製作委員会

戦場ヶ原の稲妻(抜粋)作:櫻井眞一郎

一人の男、一人の女

一人の男がいます。
一人の女がいます。
二人は恋人で、つきあって5~6年でしょうか。
男は30歳を越えており、女はその2~3歳下です。
それだけの年齢とつきあい歴ですから、二人になった時のハーモニーは落ち着きと新鮮な感覚が同居しています。

 男は、どうも友人と一緒に5~6人で会社を経営しているように見えます。お金をかけた、という印象でなく、いかにも小ざっぱりとした身なりから、どうもそうらしい。
デザイン会社だろうか。雑誌社だろうか。
それとも数年前まで勤めていた商社を退社して、自分で貿易会社を設立したのだろうか。
いずれにしても小規模な会社のオーナー。

一般的なサラリーマンとはいえないサラリーマンふうである。ことさら経営感覚に鋭いわけでもなく、趣味人間ともいえない。
若さを誇示せず、枯れてもいない。
物ごしや話し方に、どことなく「育ち」が色どられているような人間。

 一方、女は、男を一回り半ほど小さくした体格。
もちろん、職業をもっている。もっている---というより、時間的にも精神的にも、彼女の実人生の半分以上は、仕事で占められている。

自分はどう生きるか――自分流儀の生き方に忠実だっただけだ。
たぶんこれからもそのようにしか生きられないだろう。
たしかに、不器用かもしれない。でも、「私のお気に入り」をはっきり言えて、感性に合わない物や人を拒否できるのは、やはり強さだろう。
彼女の生き方に、周囲の人が嫌味を感じず、すがすがしさを感じるのは、やはり強さが本来のもの、だから。

二人の交際

 つきあい始めから、二人はよくロングドライブを楽しんでいた。
「北に行こうか」「南へ行こうか」の言葉ではじまるドライブは、いつも気ままだった。
 走ることが楽しいのは、いつも二人でいることが肝心で、二人が楽しいと、楽しいことばかりに出会えた。
よくドライブをしたおかげで、二人は、その地方地方合せて、なじみのホテルを持てるようになった。どこも中クラスの格ではあるけれど、接客マナーといい、食事といい、部屋一つ一つの雰囲気といい、どれをとっても「奥ゆかし」く「シック」なホテルである。
 二人の生き方に通じるものがあるからだろうか、皆、似たようなタイプのホテルを二人が好むのは。

 当初、乗せてもらうだけで満足していた彼女も、触発されて、いろいろなことを覚えた。女がナビゲーターをやってくれることに、男は便利さ以上の充実感を味わっている。

新型スカイライン登場

 新型スカイラインが登場した。
 告知は突然始まり、マスコミは熱い報道合戦を繰り広げていた。
今使っているスカイラインもそうだったのだが、新型というと、どうも気分が「心、ここにあらず」。
 仕事の都合で、すぐにはショールームヘ見に行けず、それでも電話でカタログだけは入手した。
やっと仕事から解放され、けれどはやる気持をおさえて、じっくり検討できる時間を持った。実車を見ると同時に、彼は憑かれたようにセールスマンと商談を始めてしまったのである。

一通の招待状

 「朝タめっきり肌寒くなった今日このごろ」で始まる招待状が届いたのは、新型スカイラインが納車されて数週間たってからだった。
発信は日光・戦場ヶ原の奥にある湯元のホテルから。

買う決心をしてから納車されるまで、それでも逡巡していた彼は、新しいスカイラインのオーナーになれた自分を自覚し、元の快活さをとりもどした。そして、きょう、この招待状。

思わず、カレンダーに目をやった。「行ける!」招待の日付は、さし迫った仕事のスケジュールの翌日だった。
あたかも、それが自然のふるまいのように、彼は彼女に電話をした。

 招待状を出したホテルは、湯ノ湖の北に位置し、国道からも少し奥まっている。西洋風なあずまや、といったたたずまいからして、建った当時は、どれほどのハイカラであったろう。
板張りの床は客の靴音を柔らかく受けとめ、アメ色に光る調度は視覚にも触覚にもよくなじむ。

 二人が、このホテルを知ったのは、知り合って2、3回目のドライブの時で、以来、この方面に来たときは、必ず顔を出していた。今度の招待は一泊付きで「秋の味覚をどうぞ」というもの。
彼女も彼と一緒に新しいスカイラインで出かけられることが、この上なく幸福な予定であった。 

嵐の予報と予期せぬ予定変更

幸福な予定をより確かなものにしようと、前日、彼女は新聞の天気図を見た。顔がくもった。
「明日の天気」は、夜から雨がともなうという。
それでも久しぶりのロングドライブをやめる理由にはならなかった。

「幸福な予定」は、彼にとっても同じだった。
この仕事を終えれぱ、明日は湯ノ湖へ行ける。
 午後になって、会社の責任者としてないがしろにできないことが突然起こった。責任を問われるほど大きな問題ではないけれど、プライベートな予定よりは優先した方がいいと判断される程度のもの。

 会社からの電話を受けた彼女は、最後に「じゃ、ホテルで待っている」と爽やかに応えはした。
「今夜から徹夜になるかもしれない仕事がある」という、
「明日は一人で電車で行って欲しい」という、
「明日の夜には必ず、ホテルに着く」
「あさって、朝からドライブしよう」と。

---「駄目」と言えない(状況にある)人間に向って、何度も「駄目なんだ」と言わせるほど残酷になりたくなかった彼女は、爽やかに応えるしかなかった。

早く彼女に会いたい一心の車と男

軽い疲労感が体全体を貫く。
もう少し、あと少しと仕事を進めて、彼が新しいスカイラインのシートに坐れたのは、それでも夜8時を過ぎていた。

この空間、このにおい。
新しいスカイラインは、心と体をあずけても、
「ご安心ください、あなたの気持はわかっていますよ」と、
ささやいているようだった。

 イグニッションキーを回す。クルマ全体に命が入った瞬間
あたかも、
主人が近づいてくる足音を感じとった馬の、目覚めのような動き。
主人の息づかい、主人の動作、主人がこれから何をしようとするのか---
愛馬が主人の意思を十分に悟っているように、
スカイラインは、あの目的地に向って小雨の中を走り出した。

市街地は、思ったより混んでいた。
雨ばかりのせいではあるまい。やはり気持のせいだろうか。
はやる気持。

高速道路に乗ると、スカイラインは本来の健脚ぶりを発揮した。
速歩はやあししていた足並あしなみは、ここで、本格的な走りを見せた。
主人は、ただ「早く行きたい、早く着きたい」だけだった。
スカイラインは、主人の感情を感じとっていた。
規制を超越してしまったのは、結果である。両者は、結果としてルール違反になる速度を出していた。
クルマが「早く行こう」と語りかけ、主人も「うん、そうだ」と応える。
なんとも、情が通じ合っている。
クルマが生きている-----生きものが、生きものの意思を体得していた。

今、彼女は何をやっているのだろう。
一人のタ食はさびしいものだったろう。
いや、もしかすると料理長が相手をしてくれたかもしれない。
客のもてなし方を心得ている料理長は、彼と同伴できなかった彼女に、サービスされたメニューのレシピ(つくり方)を詳しく説明しているのかもしれない。たっぷり時間をかけて。


スカイラインは、彼のために一生懸命だった

「日光」と案内された標識を通りすぎ、スカイラインは一気に町並を抜けると、今までの雨が一層激しくなった。
ワイパーが規則的にぬぐっても、雨は点でなく、面でウィンドゥに貼りついていた。
早く彼女の所へたどり着きたい。
目的地に近づいた分だけ、彼にはもどかしさが増した。
いろは坂を登る。
舗装された道は、まるで滝だった。
曲り曲った道は、まるで「ファイト」するための道だった。
スカイラインは、彼のために一生懸命だった。

彼は、スカイラインが頼もしかった。
熱いエンジンの鼓動は永久に持続するのではないかと思えるほど、信頼があった。
ふりしきる雨の中を、スカイラインは中禅寺湖畔に姿を見せた。

彼女の顔が、声が、もうそこまであった。
道程の残された距離には、しかし暗黒の激しさがあった。
中禅寺湖から竜頭の滝をすぎ湯の湖まで、戦場ヶ原を、一つの力強い意思が駆け抜ける。
ひるまずに、振り返りもせず。

あの「あたたかい」目標がなければ、くじけてしまいそうな暗闇・・・。
今まで、どんな困難な状況でも、何かがあった。
街路灯、標識、看板、ガードレール、路面のペイント、電柱と、何かがあった。
今、人の手が作り出した物は、何もない。
たよりになるものが、何もない。
全ては自然。
残酷だった。残酷な厳しさだった。
もれる光もなく、自然が与える暗黒そのものの雨と、ほえるような風。
猛威が行く手を遮る。
いかりくるった自然の力は、
「なまじっかなことでは行かせない、そんな甘くは行かせない」と、うなっていた。怒号していた。


 自然が「むき出した」中で、2条のライトは闇を切り裂いていた。
あまりにも対照的な暗黒と光。
投影された道と雑木とブッシュを克服しては後へ流す。
走りを拒絶する自然に、たくましく挑んでは、荒い息づかいを後へ流す。
この躍動にはしかし、来たるべき時、の期待があった。
目標に向って進む時間を、意思が超越してしまった時間。
彼と彼女とクルマ。
「着いてからが楽しみだ、明日は三人で一緒にやろう、クルマも仲間だ」
彼女に会いたいのは、彼だけじゃない、クルマもだ---あたかも、そう感じているような情景。
疲れは感じていなかった。
気持ちはハッキリしていた。

一瞬はげしい雷鳴が光と共にとどろいた。
猛威をふるう雨と風の中、スカイラインは一瞬だけ暗黒からシルエットを見せた。
白く、青く見えた雷光の下に、シルエットが浮んだ。
頼るものが何もない大自然の激しさの中、
「人馬一体」の意思には、恐れるものは、何もなかった。

終わり

全文は👉こちら。戦場ヶ原の稲妻Movie製作委員会です。ぜひご覧ください。(目次と太字部分は私が勝手につけました。ごめんなさい。)
予告動画は👉こちら。


櫻井眞一郎氏は晩年のインンタビューで、
スカイラインは、これからも、日本の人たちを愛するクルマであってほしい、と思っています。」という言葉を残しています。

人を愛する車を真剣に追求した櫻井氏は、

  • HICAS (ハイキャス High Capacity Actively Controlled Suspension)
    電子制御四輪操舵 (4WS) 機構
    馬が前脚だけではなく後ろ脚でも方向を変えるための舵切りをする能力

  • ATTESA E-TS(アテーサ イーティーエス Advanced Total Traction Engineering System for All Electronic - Torque Split)電子制御トルクスプリット四輪駆動システム
    馬の、必要なときには後ろ脚だけではなく、前肢でも駆動力を発揮する能力

などを自動車で実現し、「人を愛する車、スカイライン」を洗練し続けました。

車が人を愛する。
ちょっと聞き慣れない言葉使いかもしれません。
でも、それを生涯をかけて追求した「人」がいます。そして、その車たちは今でも多くの人々に愛されています。
馬が人を愛する。
私たちが「愛されている」ことに気づけば、馬との交流はもっと豊かなものになるでしょう。

人を愛する馬 タロウさんとルーカス

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