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【掌編】出張餃子

餃子は、たまに手作りしたものが食べたくなる。キャベツや白菜をいちから刻んで、ニラ、にんにく、しょうが、豚ひき肉とあわせ、味をつけてよく練って、皮に包んでいくもの。手作りしたときの、あの野菜たっぷりで肉汁がじゅわっと口に広がる、あのヘルシーな味が、今日も無性に食べたくなった。

実家にいたころは、父がよく餃子をつくってくれたから、ホットプレートに何十個も並べて焼いて、ふたをとると大量の湯気、その中から焼きたてを取り出し、はふはふと熱いのをほおばって我さきに食べたのだった。

思い出していたら、どうしても食べたくなって、私はつくってしまうことにした。豚ひき肉も、キャベツもちょうど冷蔵庫にある。皮だけ買ってくればいい。私は手早く餃子の餡をこしらえると、餡をタッパーにつめて、家を出た。

スーパーで皮をたんまり買い、向かうは要の家だ。餃子は一人で食べたってしょうがない。こういうときに、一緒に食べてくれる相手がいるのはありがたい。マンションの階段を上り、ドアチャイムを押すと、しばらく経ってぼさぼさの髪をした要が出てきた。

「おお、光希じゃん。どしたの」

要は私の兄で、今は二人とも実家から一駅の同じ町でそれぞれに暮らしている。ときどき、一緒に食事をしにいく、私たちは仲のいい兄妹だ。

「出張餃子しにきた」

「出張餃子?」

「上がるよ」

すたすたと玄関から上がり込み、乱雑に散らかっている部屋にため息をついて、私は使われてないキッチンへと向かう。フライパン、いいの持っているくせに、この兄は、自分で調理はしないのだ。

「ほら、今から一緒に皮で包むよ。小さい頃と同じ要領だから、わかるでしょ」

「おお、懐かしいな」

要はそういうと、私と二人ダイニングの椅子に腰かけて、皮で餡を包み始めた。小さい頃、父と、要と私で、えんえん餡を包んでは、餃子を食べたものだった。

「こないだ実家に帰ったら、父さんも母さんもすっかり小さくなっちゃって。いやー、年が経つのは早いね」

「結婚でもして、父さん母さんを早く安心させてあげてくだサイ。光希さん」

「それはこっちのセリフだ、ボケ兄貴」

「この餃子も、俺とかじゃなくてだな、彼氏とか彼氏とか彼氏とか、にあげたらいいのに」

「うっさい。餃子一個も食わせんぞ」

「それは勘弁」

お互いに軽口をたたき合いながら、餃子を最後の一個まで包み終える。煙がたつまで熱くしたフライパンに、餃子を並べ、水を注いで蒸し焼きにする。あっという間に、狭い台所に餃子の香りが充満して、私は思い切り深呼吸する。

きれいな焼き色がついた餃子を大皿に並べていると、要がビールを出してきた。

「気が利くじゃん」

「ま、ね。出張代」

二人で乾杯しながら、熱々を頬張った。口の内側をやけどしそうになりながら。一人じゃなくて良かった。この町に要がいて、良かった。

帰り道は、星が出ていた。気を付けて帰れよ、と要が笑う。また来いよ、とも。踏切を渡りながら、今夜は実家の両親に電話をしようと思った。

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