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【旅する日本語コンテスト参加作】添えられた手

母の米寿の祝いに、家族で温泉にやってきた。母のほかには、私と夫、大学生の息子の四人連れだ。はじめは「家族旅行なんてだりぃ」と言っていた生意気盛りの息子だったが、帰省して久しぶりに会った祖母の足腰が、思いがけなく弱っていたことに驚いたようだった。

杖をついて歩く母の、曲がった腰のあたりに手をそえ、かばうようにして、息子は温泉宿の入口の階段を一緒に上る。「ばあちゃん、ゆっくりな。一歩、それ一歩」と言いながら、母を守るようにして、歩いている姿に成長を感じた。

温泉につかり、出て来た祝いの弁当を、家族四人で談笑しながら食べた。母が、息子に向かって「こうちゃん、ありがとうね。今日一緒に来てくれたから、何もかも安心やった」とお礼を言うと、息子は照れたように「俺ももう大人やし、ばあちゃんを守らんといかん」と笑った。

あとから母と浸かった湯の温度はちょうどよく、私は少しだけ母にばれないように泣いた。

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