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【掌編】棘

ふたりのおわかれに、あなたは最後に薄紅色の薔薇の花束をくれた。もうさようならなのに花束なんておかしいんじゃないの、と思ったけれど、あなたらしいと思ってそのままおとなしくもらっておいた。駅のホームで軽いハグをして、あなたとはもうそれきりになる。

それから一週間が経ち、テーブルに飾った薔薇の花びらが、端からくすんだ色に枯れてきた。花は枯れる。恋が枯れるのと同じで。この花を捨てたら、あなたにつながるものはもうなにひとつなくなると思ったが、ドライフラワーにするにはもう遅い。

私は重い体をやっと動かし、薔薇の花瓶の水を換えることにする。まだ端っこが茶色いだけ、真ん中はまだきれいなピンクに色づいている、だからまだ、腐らせるには、早い。いさぎよく捨ててしまうことができなくて、もう少しだけ、枯れ落ちるまで鑑賞することにした。

薔薇の茎に手をふれたとたん、小さな痛みが走る。茎に棘があったのだ。棘はやわらかいのにたしかな感触で、私の指に痕をつける。あなたは綺麗なものばかり私にくれたけど、ほら、こうして、傷つけもする。薔薇と恋を混同している。いまがいつでどこかわからなくなる。でも薔薇と恋は似たものだ。とても似たものだ。

茎の下のほうはもうふやけ溶けていて、植物が腐っていくときのダメな匂いがほのかにした。茎から水を切り、あたらしい水に換えた花瓶に差し替えると、私はもう一度、テーブルの上に薔薇の花を飾り直す。

もって、あと三日。薔薇の花を捨てる日は、もう終わりの日。あなたとの思い出も、終わりの日。棘はやわらかすぎて、刺されたところももうちっとも痛くないけれど、その代わりなんでこんなに胸が痛いのか。

薔薇の花が枯れてしまったころ、春が来る。この薔薇の花の色のような、スプリングコートがほしい、とふいに思う。棘を持った淡く優しい色の薔薇を、忘れないために、長くそばにおけるものを買おう。あなたがくれた薔薇が、この世界から消えてしまっても、私がひとりで立って歩いていけるように。


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