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filtered words

最近、違う国の言葉を勉強している。
といっても、勉強というよりは、知らない言葉をぽろぽろと調べては照らし合わせてなるほどと思う。
そんな感じに近い。

聞いたことのない響きは、自分の国の言葉についあてはめて、すこし面白く感じたりもする。
はじめて触れる言葉というのはこんなふうだったかと、とても新鮮な心持ち。

新しい言葉に触れるうち、同じような言葉や言い回し、よく見かける単語があることに気づく。
もちろんこの国でもそういうものはあるし、未熟な知見では知っている言葉が目につくだけのことなのかもしれない。
けれど次第に、いつも自分が発している言語は、思っている以上に複雑な形態なのではと思うようになってきた。
それはひとえに比喩表現や婉曲表現の豊富さかもしれない。
「陽が沈む間際、一瞬の茜色」とか、「雨上がりの光りを映す露」とか。
行為や様相を表現するとき、明確な言葉を使わずに聞き手の想像力に訴える。
言葉を受け取った側は頭を使うけれど、ひと言「美しい」と言われるだけよりも、ふくらみのある「美しい」のイメージを受け取れる。

他を知ることで、己を知る。
いつも使う言葉だからこそ、無意識に見逃しているよさがもっとあるかもしれない。
どの国の言葉を学ぶにせよ、自分の中で最初にある言葉をおろそかにしてはいけない。
そして、普段何気なく話している言葉の力を、もっと丁寧に生かすべきだと示唆されているようで。



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