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就活ガール#116 身辺調査って何?

これはある日のこと、キャリアセンター前のカフェで同級生であり就活強者である美柑と身辺調査について話していた時のことだ。身辺調査とは、入社候補者に対し、企業側が思想信条・人間関係・過去の経歴などを調べることを指す。本人に黙ってこっそりやる場合もあれば、あらかじめすることを告げて承諾を得てから行う場合もあるらしい。

「身辺調査って実際やってるのかな?」

俺が質問をすると、美柑はサンドイッチを机に置いて、顔を上げた。

「するわね。こっそりやるのは違法だけど。」

「じゃあまともな会社はしないってことか?」

「いいえ、ちゃんとした会社ほどリスク管理もしっかりしてるものよ。」

「でも違法なんだろ?」

「極端な話、皇族関係の仕事をする人なんかを思い浮かべてみるといいわね。違法だからって何も調査しないで誰でも雇っていいとは思わないでしょう?」

「ま、まぁたしかに……。最近もいろいろと怪しい人間関係で問題になったばかりだし。」

「民間企業でも同じなのよね。他国の産業スパイとかって意外といるから。」

「なんでそんなこと知ってるんだよ……。」

「ニュースみたり本読んだりしたらある程度わかるじゃない。例えば、『通信会社の管理職に他国の大使館の人間が働きかけて情報流出して逮捕』っていうニュース、数年前もあったばかりでしょう? スパイがバレることのほうが珍しいから、これは氷山の一角なのよ。」

コイツはいったい何者なんだろうか。留年しているとはいえ、本当に1歳しか違わないとは思えない情報収集能力である。

「身辺調査を実施している企業では、最終面接の直前くらいに行われることが多いわね。コストがかかるから、人を絞ってからやるの。面接などを通して怪しいなと思った人にだけ実施する企業もあるし、一律で全員行う場合もある。社員が軽く調べる場合もあれば、調査専門の会社が使われる場合もある。その場合でも人によって調査の程度が異なったりとか、まぁこればっかりは一概には言えないわね。」

「曖昧だなぁ。」

「そりゃあ非公式な情報なんだから仕方ないでしょ。私に文句言われても知らないわよ。」

「ごめんごめん。」

アメリカなんかでは身辺調査が当たり前だから、堂々と身辺調査専門の企業が株式上場してたりするんだけどね。」

「日本ではまだそこまで受け入れられてないってことか。」

「そういうことね。」

「ところで、最終面接前ってことは、ほとんど落ちないってことか?」

「そうよ。」

「さすがに産業スパイがそんな簡単に見つかったら困るもんなぁ。」

「他国のスパイ以外にも、年齢や学歴等プロフィール情報の真偽、病歴、犯罪歴、反社会的勢力とのつながり、奨学金を除く本人名義の借金の有無、ブラックリスト調査、宗教活動や政治活動についてなんかが調査対象になることが多いわね。」

「いくつか気になるのがあるな。」

「どれ?」

「まずプロフィール情報の嘘。ガクチカとか他社の選考状況で嘘を付いたらバレるってことか?」

「バレる場合もあるかもしれないけど、バレても影響ないわね。結局はガクチカの内容とかで合格になることっていうのはほとんどなくて、話し方とか人格とかを見てるのよ。だからエピソードが嘘だとわかったとしても、最終面接まで駒を進めておいて今さら不合格になることは無いわ。」

「なるほど。」

「他の企業の選考状況についても関係ないわね。そもそもこれを聞くのは他社に人材を取られないようにするためって意味もあるの。最終面接まで進んだ人はむしろ囲い込みたい人材だから、自分から手放すなんて言うのはあり得ないわ。」

「そもそも面接官にもバレないレベルの嘘をつけてたってことだもんな。年齢とか学歴とか以外の嘘なら多少はバレても問題ないってことか。」

「ええ、そうね。それに他の調査項目と比べればその程度の虚偽は可愛いものって思わない?」

「思う。でも、病歴とか犯罪歴ってのは多少はいいんだろ?」

「ええ。基本的には完治してれば問題ないはずよ。ただ重度の精神的な病気は完治していても再発しやすいと思われてるから不利になることはあるかもしれないわね。私は医療に詳しいわけではないから、それが適切な判断かはわからないけど、少なくともそのように考えている人事担当者はいるってこと。」

「犯罪歴っていうのは?」

「軽犯罪や過失犯くらいなら大丈夫だと思うけど、故意による重罪はキツイかもしれないわね。特に被害者がいる犯罪や組織ぐるみの犯罪は流石にダメでしょう。」

「万引きくらいならゆるされるってことかな?」

「万引きは軽犯罪じゃなくて立派な窃盗罪よ。懲役刑だってあり得るわ。あなた法学部でしょう?」

「そういえばそうだっけ。刑法はあんまりよくわからないんだよなぁ。」

法学部に在籍しながら、刑法のようなメジャーな法律の中にすらよくわかっていない科目がある。それがFラン大生なのである。

「とはいえ中高生くらいに1度やってしまったという程度であれば、許されるんじゃないかしら。さっきも言ったけど、身辺調査はよほどひどい人でない限り落ちないから、心配しなくていいのよ。」

「おう。で、後は何が調べられるんだっけ?」

「反社とのつながり。これは一発アウトだと思うわ。」

「それは違和感ないな。」

「あとは奨学金以外で本人名義の借金があったり、クレジットカードなどでやらかしてブラックリストに載っていないかも調べられやすいわね。」

「金額にもよるかな?」

「そうね。数十万円程度なら働き始めればすぐに返せるだろうし。次は、政治活動と宗教活動。」

「こういうのってやっぱりダメなんだな。俺も学校内で誘われたことあるけど、断ってよかった。」

「内容や程度次第だけどね。政治活動って言っても、例えば『若者の活躍できる社会を作るために政治家にも働きかけていた』みたいな活動は、むしろプラスに評価されることもあるんじゃないかしら。逆に外交問題とか労働組合に関わっているとやや敬遠されやすいわね。とはいえ、大々的な活動をやりすぎてなければ基本的には大丈夫よ。」

大規模なデモを主催するっていうレベルじゃなければ安心かな。」

「おそらくそうね。」

「あと宗教についてだけど、キリスト教系の大学とかって結構あるよな。」

「仏教とかもね。そういうメジャーな宗教は大丈夫だと思うわ。問題なのは新興宗教、最近は新宗教って言うんだけど、そういう教団に関わっていると身辺調査にひっかかる可能性があるわね。」

「企業内で布教活動をされたら困るから?」

「それもあるけど、企業よりも教団への忠誠心が高いと思われがちだからよ。つまり、情報漏洩リスクを疑われるわけね。」

「なるほど。業界の闇を暴露して教団での活動に専念した元芸能人とかもいたしな。」

「それはちょっと特殊な気もするけど、考え方の方向性としてはそれに近いかもしれないわね。」

「逆に、これはセーフっていうのってある?」

風俗、キャバクラ、ホストなんかはセーフでしょうね。あとは親族や恋人がやらかしてても大丈夫。場合によっては三親等くらいまで調べられることもあるけど、基本は本人だけよ。」

「恋人がヤクザでもいいんだ?」

「いいというか、通常そこまでは調べないってことだと思うわ。」

「なるほど。総じて、身辺調査は本当の本当に危険そうな人が落ちるだけで、普通の人は安心ってことだな。」

「そうね。そもそも調査対象項目に今さら変えられるものはほとんどないし、調査しない企業もある。あまり気にしても仕方ないんじゃない?」

「ところで、身辺調査って事前に承諾を得ないと違法っていってたよな。」

「ええ、言ったわ。」

「ということは、今から調査しますって聞かれることもあるのか?」

「聞く場合もあるわね。」

「あるんだ。」

「ええ。」

「求職者は承諾するしかないっていうことか?」

「そうなるわね。だって承諾しなければ不合格になるか、こっそり調べられるかっていうだけだもの。拒否すればOKならみんな拒否するでしょう?」

「俺はそんなこと聞かれたことないけどなぁ。」

「それはこっそりやってるか、やっていない企業しか受けてないからか、面接でのやり取りでセーフだと思われたかのどれかじゃないかしら。この辺の情報はほとんど表に出てこないから、気にしてもしかたない。」

「わかってるけど、気になっちゃうんだよ。」

「実際、身の回りに最終面接まではしょっちゅういくのに、合格率の高いはずの最終面接で落ちまくってるって人いる?」

「いない。」

「つまり、身辺調査で落ちる人なんてほぼいないってことよ。」

「そうだな、わかった。気にしないようにするよ。」

そこまで話したところで、今日は解散となった。身辺調査については噂が飛び交いがちなテーマだし、明確な証拠付きの情報が出てくることはおそらく今後もないと思う。それでも、就活に詳しい美柑が言うところによると、ほとんどの場合はひっかからないということだった。それを信じてあまり気にしないようにしようと思いつつ、一人で帰宅するのだった。

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