僕はそのとき賑やかなところに立っていて、そこは下北沢の駅前で、井の頭線と小田急線の改札口のちょうど間のあたりで人を待っていた。

僕よりもずいぶん若い人たちがたくさん通り過ぎていった。みんな上着が明るくて、白やベージュ、赤なんかもいる。そんな中を僕は真っ黒な格好で、歳をとったなぁと改めて実感した。

僕は待ち合わせしていた。人を待つのは嫌いじゃない。だから、よく人を待たせてしまう悪い癖がある。なかなか治せない。

待っているあいだ、とくにやることもなくて、いや、やらなきゃならないことは沢山あるのだけど、いつもながらぼーっとしてしまって、気づいたら高校時代によく待ち合わせしていた埼玉の駅の改札口のことを思い出していた。

僕はそこでよく友達と待ち合わせして、古着屋に行った。いつもなにも買わなかった。金がなかったし古着は好きじゃなかった。でもよく行った。狭いところで、いつも客は僕と友達しかいなかった。僕はその古着屋の匂いが好きだった、あとそこで売ってるお香が好きだった。たまにお香は買った。金がなかったけれど、お香は欲しかった。懐かしくなってこの前その場所に行ってみた。からあげやさんになっていた。

映画館にもよく行った。ボーリング場の上にある小さな映画館で、スクリーンは一つしかないところだった。時間帯でやってる映画が違った。席でタバコが吸える映画館だった。持ち込みもオッケーで、近くのローソンで、缶ビールを3本買って、タバコを吸いながら、そこでたくさん映画を観た。どれも古い映画で誰でも知ってるような名作から、聞いたこともない名前の映画をたくさんみた。スターウォーズやＥＴをスクリーンで観られたのは、本当にラッキーなことだったと思った。ウディアレンの『カイロの紫のバラ』はその映画館で観た。

夢があるストーリーなのに少し寂しい雰囲気が好きだった。いつも映画を観た後は、酔っ払っていた。でも良い映画を観た時は、もっと酔っ払いたくなって、同じ駅にある静かな居酒屋によく行った。そこでガツ刺しを食べながら【自分がちょっぴり寂しいものが好きなのは、ちょっとどこかがナルシストだからなのかな】とか嫌な自己分析とかをよくしていた。ガツ刺しはうまかった。

大きな神社に併設された小さな動物園にもよく行った。
そこにはゴリラやゾウやキリンはいなくて、オウムなどの鳥類がいくつかとウサギ、モルモット、猿なんかがいた。敷地内には、学校の飼育小屋ぐらいの大きさの檻が島のように点在していて、いつも決まって少ない人がその島のあいだを気だるそうに漂流していた。

僕はよく、その動物園の入り口広場にある売店の、裏手にある喫煙所の赤いベンチに座って、園全体を見渡した。動物園はとても静かで、動物の鳴き声や人の声なんかはまったく聞こえなかった。聞こえてくるのは風の音とか、それで頭上たかくで揺れるネムノキの葉の音とか、近くの道を通り過ぎる車の音とかだけだった。心地よかった。動物園の敷地は、高い青い柵で囲われていた。喫煙所はその柵に面していて、僕はその柵に背中を預けてタバコを吸っていた。「これが俺等の檻だったらウケるね」と誰かが言っていた。誰かは知らない。知らない人が、喫煙所で、知らない人に言っていた。

待ち人が来たので、一緒に大きなハンバーガーを食べてから、仕事をした。インタビューを受けたというのもあって、過去のことをよく思い出す日だった。結構楽しい、充実した日だった。ハンバーガーも美味かった。店員さんの笑顔が、初々しくて、素敵だった。高校生とかだろうか。彼がバイト代貯めて、好きなことにお金を使ってくれたらいいなとおもった。

ビールやタバコをのみながら、スクリーンで映画を観ることをおすすめしたいけれど、そんなことできる場所、もうないだろうからおすすめはできない。それに彼は僕と違って、ビールもタバコもやらないだろう。

さまざまな色したものが、僕のまわりを通り過ぎていく気がした。それも悪くないなと、僕は思った。