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ゆっくりまわるきおくのわ

先週に引き続き、混んでいる病院に来た。

前回並んだ経験から、どれくらいの時間待つかを体感で掴んでいたので、読書が捗った。そのせいで、30分くらいで持ってきた読みかけの本が終わってしまった。

暇なので辺りを見回していると、先日おじさんに怒鳴られていた受付の女性の髪型が変わっていることに気がついた。多分カラーも変わったようだけど、前の色を注意して見ていなかったので、想像の域を超えない。病院という職場で許される、めいっぱいの明るさを帯びた、綺麗な栗色だった。

定期的に坊主にしたくなる。何かシンプルに生きることへの憧れだと思う。坊主の長さの参考画像を検索しては、自分の頭の形の悪さを思い出し、検索をやめる。

途切れなく咳をしているお爺さんが前を通り過ぎる。空咳の連続の中に、鞭を振り下ろした時のような、しなる音がする。痰が絡んでいるのだろうか。
もう売店の前のあたりを歩いていて、僕からは後ろ姿しか見えない。お爺さんは手押しの酸素ボンベを少し後ろに引き連れて歩いて行く。旅に行く人がキャリーケースを引き連れている姿に似ていると思った。どこに向かうのかは知らない。

今この文章を僕は書いている。病院を見渡すのにも飽きて、なるべくこのゆっくりまわる診察番号と、院内の空気を、微分するように文章にする。

ときたま僕は目を瞑り、昔家に近くにあったお寺のことを思い出す。珍しく雪が降った日、厚着して、誰もいない境内に1人で向かう。本堂に向かう石畳の上には、薄く平たく雪が積もっている。石畳の道の左右は丸石が敷き詰められていて、同じように白雪がかけられている。僕はまだ誰も歩いていない白い石畳の上をドシドシ歩いて行く。なるべく大股に、勇敢に何度も足を石畳に下す。

本堂まで着いたら、僕は後ろを振り向いて、今歩いてきた道を振り返る。直前の足跡はしっかり残っているが、始まりの方は、もう新たな雪が隠し始めていて、あまり見えない。僕は対抗して、また始まりの方に早足で戻って、本堂に向かい、ドシドシ歩き直す。

いつか消えて行く、過去の出来事を何度も行ったり来たり思い出す。それでも最初の方は少しずつ忘れて行く。モニター上に立ち並ぶ番号がゆっくりまわる中、僕は足踏みをして、自分の番を待っていた。

もしサポートいただけたら、こどものおむつ代にさせていただきます。はやくトイレトレーニングもさせなきゃなのですが...