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⑧【小倉伸二郎 先生】宝生流能楽師をもっと身近に。

「自分なりに想像しながら、たぶんこんな場面なんだろうなと思って観ていただけたら嬉しいですね。」

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夏休み親子教室や実践女子大学の能楽サークルの講師としても活躍されている小倉伸二郎先生。6月五雲能では「雲雀山」を勤められます。先生から「雲雀山」の見どころもお聞きしました。ぜひ観劇前にどうぞ。


ーー伸二郎先生が「受け継いできたもの」は何ですか。
祖父、小倉輝泰のとあるお弟子さんからいただいた、お弟子さんが謡をオウム返しで稽古していたときに録音した「源氏供養」のカセットテープです。たまたま、ある仲間内の会の宴会で話していたら、「実はこういうのがあるんだけど...。」と頂いたんです。祖父が謡っている部分だけをうまく編集されたテープなんですよ。
実は家にも、祖父がお弟子さんに渡すために録音した謡が随分とあったようで、兄(小倉健太郎師)が保管してくれています。ダビングしてお前にもやると言われていますが、まだ一度も見せてもらったことも聞いたこともありません。(笑)。

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ーー実際にこちらのカセットテープの中身を聞いてみましたか。
聞いてみました。昔の人の謡だなという印象でしたね。今の謡と基本的に違いはないんでしょうけど、力があるというか、ぐっと腰に力がある謡なのかな。それでいて柔らかくて、広がりがある。祖父は僕が中学2年生くらいのときに亡くなっているので、実際に謡を聞いたことはあまりないですが、祖父は謡に定評のあった人でした。
祖父と会うときは、たいてい祖父がお酒を飲んでいるときが多かったりしたので、「孫とおじいちゃん」という関係性でしたね。

ーーどのような「おじいちゃん」でしたか。
あったかいやさしいおじいちゃんでしたね。僕は3人兄弟の真ん中なんですけど、うちのいとこが女の子ばかりで、男の子はうちだけだったんです。なので、兄たちと一緒に呼ばれて、おじいちゃんの周りに座らされまして、よしよしと可愛がってもらっていました。

ーーお祖父様の公演を観に行く機会はありましたか。
なかったですね。自分が子方のときしか水道橋には行っていませんでしたし、自分の稽古のときは祖父とは別で来ていましたから。
私が子方で出演した舞台が終わると、父はだいたい飲んで帰っていたので、たまに祖父に連れられて帰ることはありました。そのときは、祖父も僕も口数が少ない方だったので、お互い何もしゃべらない状態でした。当時、水道橋の駅前に今川焼の屋台が出ていたんですよ。僕は食べたいなとは思いつつ、食べたいとは言えず(笑)。だけど、それを祖父が察してくれて、今川焼を食べて帰ることもありました。

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ーーお祖父様の映像をご覧になられたことはおありですか。
一回だけ観たことがあります。どこで観たのかはちょっと覚えていませんけど。内弟子に入りたてのころだったので、よく分からなかったんです。硬いなという感じがしましたね。父に祖父の映像を観たと言いましたら、父は「どうだった?型はあまり良くないだろ。」と言ってましたね。ただ、祖父の謡は本当に良かったそうなんですよ。
もともと祖父は家元の所に直接ではなく、野口兼資先生の内弟子として入ったんです。そこで12年くらい内弟子をしていたらしく、きっちり謡の稽古を受けて、たまにお役をいただいていたみたいですね。

ーーお祖父様から言われたことで覚えていることをぜひ教えてください。
舞台の話をしたことはほとんどないんですが、僕と兄の健太郎が「唐船」の子方についたときに、謡がたくさんあるので、一回だけ二人そろって祖父の稽古を受けに行ったことがあるんですよ。そのときは祖父の言ったことが全然分からなかったんですけど、「生み字を出さなきゃだめだ。」などと言われたことだけは覚えているんですよね。
生み字というのは、母音を意識してちょっと止めて謡うというか、「か」だったら「か」と言ってちょっと止めてから「あ」と言う。どの謡の箇所を言われたのかは覚えていませんけどね。
ある程度大人になってから、何かのきっかけがあって、当時、小学生だったころの自分の謡を聞きましたら、それがまあ、ひどかったですね(笑)。

ーー子ども時代のお稽古はどのような感じでしたか。
子どものときは謡本も読めませんから、まず父親に文字で書いてもらって、先代の英照先生のお稽古に行っていました。
父親からは本番の間際になって、「ちゃんと覚えたか。」と言われ、できていなかったので、こっぴどく怒られてました。子どものときはそんな感じでしたね。

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ーー伸二郎先生は現在、子ども向けの夏休み親子教室の講師をされていますが、どのような活動なのかぜひお聞きしたいです。
夏休み親子教室は、宝生会主催の夏休み期間を利用した小・中学生向けの入門教室です。
毎年来てくれる子もいるし、初めての子もいます。参加者は小学1年生から中学生までいます。小学1年生が参加してくれるときは、最初は大丈夫かなって思いますけど、頑張ってやってくれます。小学生のころに始めて、中学生になってからも来てくれたりする学生もいて、よその子だけども成長が見られて、嬉しいですね。

この企画自体は20年くらいやっていると思います。能楽師内で普及委員というものができて、ここ数年はそのメンバーで講師を勤めていますね。
子どもたちに聞くと、講師の中には怖い先生もいるし、優しい先生もいると言ってました(笑)。

この教室では仕舞を中心に稽古するんですが、舞台で仕舞を舞うだけじゃなくて、楽屋での礼儀作法を教えたりもします。あまり強くは言いませんけど、ばたばた走り回っていると「走っちゃだめだ。」「正座してなさい。」と言っています。足が痺れたら多少は崩してもいいけど、お友達が稽古している間は騒がないで大人しくしてなさいとか、「見るのも稽古だ。」とか言いながら(笑)。遊ぶときは思いっきり遊んでもいいけど、能楽堂に来たときはしっかり切り替えてやってほしいですね。

生活に通じるような振る舞いや礼儀作法を身に着けてもらいたいと思っています。夏休みという時間の中で能楽に触れているわけですから、日本の古典芸能というものを、今は分からなくてもいいから、こういうものをやったことがあると、経験として覚えていてもらえたらと思います。毎年来てくれる子みたいに、楽しいと思って続けていってもらいたいです。さらに友達に話して広めてくれたら嬉しいですね。

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ーー実践女子大学の能楽サークルでも指導されていると伺いました。大学でのお稽古はいかがですか。
この情勢で去年の春は全くお稽古できませんでしたが、だんだんと活動できるようになってきました。リモート稽古もしましたが、1対1ならまだしも、さすがに団体のリモート稽古は難しいですね。仕舞もできないし。今は少しずつ対面でのお稽古も始まりました。

以前合宿をやったこともあったのですが、僕が男性一人というのがちょっと気まずかったので、そのときの顧問の男性の先生に一緒に行ってもらっていました。僕ともう一人の顧問の先生はおじさんですから、あんまり浮かれるのもちょっとと思いましたけど、お稽古の後の花火には一緒に参加して、学生に言われる通り、花火を手に持って楽しみました(笑)。
早稲田のサークルを指導している先生が学生としょっちゅう食事していると聞いて、「それくらいやらないとだめなのかな。」と思い、頑張るようになりましたね(笑)。

実践女子大学は学生が女性しかいないのですが、女性と謡うときは、男性が「抑えて」、女性は少し「張って」謡う。それで合わせる方が良いと思うんですよね。
女の人が下へ抑えちゃうと、謡全部が沈んじゃうような感じになっちゃうので。特に、大学生はみんな若いから、あんまり収まった謡をやるよりも、華やかに張りがあった方が良いと思います。そのあたりは一緒に謡うときに気を付けて指導していますね。

ーーどのようなことがきっかけで能のサークルに入る方が多いですか。
今まで、特に能に興味があった、というわけではないみたいですけど、なんとなく古典的なものが好きだったからという理由で入る学生が多いみたいです。
新歓でデモンストレーションを先輩たちがやっているのを見てかっこいいなと思って入ったとか。日本舞踊もそうですけど、女性の着物は着流しで着ることが多い中、能では袴を履きますよね。それがかっこいいみたいです。

ーー能を今まで観たことない方にどのようなアプローチをしたら良いとお考えですか。
難しいですよね。観たことないから別に能はいいや、になってしまうと観る機会はないですし。クラブなど何かきっかけがあって観てもらいたいです。能の言葉は古くても日本語ですし、同じ感情を持っているはずですから、変に頭で考えて理解しなきゃいけないと思って観るよりも、まずどんなものなのか観てみて、綺麗だとか、何か感じたものを、もうちょっと次は追求して観てみようかなと思ってもらえれば、少しは楽に観られると思いますね。

何も分からないまま観て面白い舞台もあるし、観ても全く分からないようなものもありますが、それでもいいと思います。全く分からなくてつまらないなら、能を観る前にあらすじを読んで頭にちょっと入れてもらえれば、絶対理解できると思います。決めつけて観ないで、自分なりに想像しながら、たぶんこんな場面なんだろうなと思って観ていただけたら嬉しいですね。

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ーー今回の五能能の「雲雀山」で注目して観ていただきたい場所を教えてください。
内容としては分かりやすい曲だと思うんですよね。場面が急に変わることもありますので、全体のあらすじを頭に入れておけば、すんなり入ってくるような曲です。

藤原豊成という人が身内の讒言を信じてしまい、自らの娘を雲雀山の山中で殺してこいと家臣に命じるんです。家臣たちはどうしても姫を殺せなくて、山に庵を作り姫を匿って育てているというところから始まります。シテの乳母が、生活するために花を売って稼いでいるのですが、花を売っているところに豊成公が姫はまだ生きているという噂を聞きつけて探しに来ます。身内の讒言を信じて殺せと命じたことを悔いていると豊成公は言うんですが、乳母はそんな言葉は信じられないので、姫はこの世におりませんよと答えるんです。しかし、豊成公が涙を流しながら本当に悔いているんだと言うので乳母はその言葉を信じて姫に会わせ、また都に帰って行くというお話です。

シテは自分の境遇を語りながら舞う場面もありますが、僕としては、その舞はあまり必要ないと思っているんです。大事なのは、乳母が姫に、今日も花を売ってきます、と言って里に出かけて行く最初の場面。乳母の姫への愛情とかね、すごく短い場面ですけど、それが表現できればいいと思っていますし、それが曲全体につながっていくのだと思いますので、その最初の場面を大事にしたいですね。

あと注目して観ていただきたいのは、乳母が「姫はすでに亡くなった」と偽って言うけれども、豊成公の涙を信じて再会させるという最後の場面。大事なところだと思いますので、そこで気持ちを少し感じ取って観てもらえたらと思います。

ーーこのお役をいただいて最初はどのように思いましたか。
僕は久しぶりに女性の役なんですよね。最近は男性役が多かったんです。ツレでは女性の格好をすることもありましたけど、シテで鬘を付けてやるのは久しぶりですね。
ちょっとね、謡っていると興奮して調子が上がっちゃったりするたちなので、しっかり落ち着かせて、でも暗くならないようにしたいです。

ーー最後にお客様に向けてメッセージをお願いします。
今度の五雲能は「加茂」と「雲雀山」と「熊坂」。「加茂」は随分ダイナミックな曲ですし、「熊坂」は動きのある曲。その中で「雲雀山」は大人しい曲なので、派手なものを観た後にゆったりと観てもらいたいと思います。
落ち着かない状況下ですが、お客様には気を付けてお越しいただけましたら幸いです。

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日時:5月11日(火)、インタビュー場所:宝生能楽堂本舞台、撮影場所:宝生能楽堂本舞台、6月五雲能に向けて。

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小倉伸二郎 Ogura Shinjiro
宝生流シテ方能楽師
小倉敏克の次男。1978年入門。18代宗家宝生英雄、19代宗家宝生英照に師事。初舞台「鞍馬天狗」花見(1978年)。初シテ「草薙」(1999年)。「石橋」(2004年)、「道成寺」(2007年)、「乱」(2008年)、「翁」(2017年)を披演。

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