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IRは『カジノをぼかすお化粧』なのか?

カジノ解禁の大義名分は「IRの推進」?

 政府はカジノを解禁する大義名分を「IRの推進」に見出したようである。訪日観光客を惹きつける観光の切り札としてIR(統合型リゾート)を推進することとしている。IRとは、滞在型観光のためにカジノ、会議場、展示場、アミューズメント施設、ホテルなど滞在型観光のための集客施設が一体的に整備・運営されるものいう。海外ではラスベガス、マカオ、シンガポールが有名だ。

 そういうIRの魅力を高めるための目玉施設がカジノだ。日本も遅ればせながら、こういうIRを整備しようと、昨年末に「IR整備推進法(カジノ法)」を成立させ、来る国会にIR実施法案を提出しようとしている。そのための布石として、この7月には有識者による報告書も出された。

そこでは「IRの導入は単なるカジノ解禁だけでなく、日本型IRによって観光先進国を目指すものだ」と強調されている。日本の観光政策としてIRの導入を目指すこと自体には異論はない。

IRを単なる「カジノをぼかすためのお化粧」にするな

 カジノはそのための手段の一つであって、目的ではない。
そしてもっと大事なことは、IRの「本丸」はMICE(国際会議・国際見本市など)であって、カジノではないということだ。主たるターゲットはビジネス客で、国際的な商談、知的交流で経済に貢献するからだ。そういう会議場、展示場は儲からない非収益部門なので、カジノの収益がこれらを支えている。カジノはいわば兵糧を蓄えた「二の丸」か「三の丸」だ。それが「IRという城」の全体構造なのだ。

 それにも拘らず、先の報告書では本丸のMICEについては通り一遍触れているだけで、カジノ規制のあり方などカジノにばかり割かれている。これでは羊頭狗肉ではないだろうか。本音はカジノの導入にだけ関心があるのを、そこに焦点があたるのを避けるために、敢えてIRというお化粧を施しているのかと思いたくもなる。IRの導入が本気ならば、まず本丸のMICEの課題にこそ取り組むべきだろう。

 日本は東アジアでの国際会議、国際見本市開催の争奪戦の中で、シンガポール、韓国、中国などの後塵を拝している。そのことについては10年前にも拙著「メガリージョンの攻防」で指摘したところである。しかしその後、事態は改善するどころか、ますます深刻度は増して、日本は大きく後れを取っている。カジノ解禁はそういう事態を挽回するためにプラスだろうが、それだけでこの劣勢を挽回できると考えるのは甘い。もっと大事なことがあるのだ。

本気の世界標準は10万平米

 まず国際見本市の獲得競争に伍していこうとするならば、世界標準の規模の展示会場が必要で、それが10万平米クラスなのだ。
 見本市会場は行ってみればわかるが、どれだけ多くの出展者が出展しているかが勝負だ。そういう大規模な見本市にこそ観客は見に行く。また観客が多く集まるからこそ、企業も出展する価値がある。そこで商談につながる可能性が高いからだ。会場の施設は豪華である必要はない。規模が重要なので、10万平米が世界標準になっているのだ。
 ところが残念ながら日本には東京ビッグサイトぐらいしかなく、他の展示会場のほとんどは規模が中途半端だ。その結果、閑古鳥が鳴いているのが現実だ。

本丸に配置すべき「プロ人材」がいない

 日本に欠けているのはハードだけではない。国際会議、国際見本市を誘致する「プロ人材」というソフトが決定的に不足している。
 国際会議、国際見本市を主催するのは国際機関、民間団体、業界団体、学術団体などだ。その中で開催地を決定するキーパーソンへの働きかけを効果的に行えているか、その誘致合戦で何をセールスポイントとして売り込むとよいか、などのノウハウがあって、ソフトが重要なビジネスなのだ。そして国際的な見本市を動かすのはそうした人たちの中の少数の“マフィア”ともいうべきプレーヤーたちだ。
 そうした“マフィア”の中で伍してやっていける人材が日本には決定的に欠けているのだ。こうした国際的な現実を知らない結果、日本では自治体出身OBによる「お役所仕事」か、海外を知っているというだけで商社マンOBに誘致活動を任せて満足している。これでは激しい国際的な争奪戦に勝てるわけがない。

 欧米では高度な教育システムがあり、アジアの競争相手はそれらを習得した人材を獲得している。最近、日本でも欧米のような観光経営の人材を養成しようといくつかの大学でコースがスタートしたが、そうした自前の養成を待っているだけでは間に合わない。海外から即戦力の人材獲得も必要だ。

 日本は国際会議の誘致を国家戦略として位置付けたのはいいが、国際会議観光都市として全国で52もの都市を認定した。いつもながらの平等主義のバラマキ行政だ。その反省も若干あって、2013年には「グローバルMICE都市」として7都市選定して支援している。
 東アジアという土俵の中で、戦う競争相手はシンガポール、釜山、上海、広州、香港などで、日本は明らかに後発国なのだ。それを考えると、日本の中で7都市でも明らかに多過ぎる。もっと「選択と集中」が必要だ。限られたプロ人材を獲得して、ごく少数の国際都市に集中配置しなければ、厳しい国際誘致競争には決して勝てない。

まずMICE誘致の「三種の神器」をそろえよ

 かつて私はある国際会議を誘致しようした時、主催者から3つのポイントを指摘された。
 第1に、富裕層の顧客向けにどれだけスイートの部屋数を確保できるラグジュアリー・ホテルがあるか。単に「宿泊施設があればいい」としか思っていない自治体が如何に多いことか。富裕層という顧客をターゲットにしていることを忘れてはならない。
 第2に、国際空港から30分以内で、国際線の直行便はどれだけあるか。アクセスの便利さである。
 第3に、会議後、夜の時間を過ごす良質のエンターテイメントはあるか。欧米の富裕層はパートナー同伴が多い。ショーやコンサートなどの充実度が問われる。これが日本の多くの都市の課題なのだ。

 これらは国際会議・国際見本市を誘致する際、必ず主催者にチェックされる必要条件なのだ。いわば「三種の神器」と言える。そうした立地条件を備えた大都市に本丸の施設とプロ人材が配置されて初めて、海外の競争相手と戦う条件が整うのだ。

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 カジノ解禁も結構だが、そうした条件が備わっていない都市に作っても意味がない。IRが単に「カジノをぼかすお化粧」になっていないか、その本気度を厳しくチェックすべきだろう。

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