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自衛隊退任後のセカンドキャリアはどうなる? 米国の退役軍人省を参考に退官した自衛官のサポートを強化すべきー細野豪志×永井政文

少子高齢化の波を受け、企業の人手不足が深刻化するなか、さらに人員募集が困難を極めている仕事があります。

それが、国の安全保障の中心的存在である自衛隊員です。

今回は、自衛官として一線を走り続け、2002年には国会議員として初となる細野豪志の体験入隊を指導した永井政文さんに、自衛隊退任後のセカンドキャリアや、自衛隊を志望する若者の現状などについてのお話を伺いました。

【永井政文(ながい・まさふみ)】1973年6月27日陸上自衛隊入隊。以降陸上自衛隊第34普通科連隊(板妻駐屯地)にてHATM(第1対戦車隊)小隊長、情報小隊長、庶務幹部、総務班長、補給班長兼輸送班長などを務める。(情報小隊長時に細野の体験入隊を指導)最終階級は1等陸尉。退官後「ナガイ ガレージ」を開業。

自衛隊員のセカンドキャリアは何が多い?

細野:
…永井さんの城は本当にすごいなぁ…。現在はバイクの整備などを行なっているそうですが、専門的にやられて何年になるんですか?

永井さん:
20年ですね。それまではただ乗るだけで整備はしていなかったんですけど、本格的にのめり込んだのは、退官する少し前ですね。たまたま仕事場で同僚がいいバイクを乗っていたことがきっかけです。

そして、54歳で退官して、今の仕事を始めました。

細野:
永井さんの場合は好きなことが仕事になっていますが、これは極めて稀なケースですよね。自衛官は何歳くらいから第二の人生について考え始めるんですか?

永井さん:
自衛官は、退官する10年前、40代後半になると1ヶ月ほど将来について考えるための教育があるんですよ。自分はもう、はじめから自分で家を建てて、バイクをやると決めていたので受けませんでしたけど。

自衛隊には援護センターというのがあって、「こんな仕事がありますよ」というのを紹介してもらえるんですよ。

細野:
ただ、援護センターは仕事の斡旋を直接することはできませんよね。そもそも、若くして再就職を強いられる自衛官と一般の公務員を同列に論じるのはおかしいんだけど、直接斡旋すると天下りになってしまう。

仕事を斡旋してくれるのは、別組織である「自衛隊援護協会」で、わずか80人ほどで運用されています。よくあの体制で数千人ものキャリアを支援しているな、と思いますよ。

実際には、自衛隊の方々はどんなセカンドキャリアを歩んでいるんですか?

永井さん:
後輩のなかには援護センターで就職のサポートとして企業との窓口をやったり、選択肢はかなり幅広くあるんですけど、やっぱりお金が理由で、警備関係に就かれる人が多いです。

現役のときに高い階級にいれば、それなりの役職に就くことができるけど、ほとんどの人はそこまで行かないし、どうしても給料は低くなってしまいます。

そのなかで、警備関係は需要もあるし、現役時代に警備の基盤は作られているのでそこに収まる方が多いですね。

細野:
セカンドキャリアに恵まれない自衛隊員から不満の声は上がらないんですか?

永井さん:
うーん、ない、というか現役だと言っちゃいけないんですよね(笑)。退任するのも50~55歳が多いので、定年までの仕事は取り急ぎの生活費のため、という感じがしますね。

米軍と日本の自衛隊の待遇の大きな違い

細野:
それで言うと、本当に米軍との大きな差を感じますね。退役軍人省の職員は38万人もいて、予算が8兆円もあるんですよ。年金は全部税金でカバーされるなど、命を張った軍人は、国家が一生面倒を見るんです。

もちろん、米軍は戦死者も多いし、リスクが大きいことは確かだけど、日本の自衛隊だって、テロ対策や災害派遣、海外派遣も増えていてリスクは高まっている。

永井さん:
そもそもアメリカはものの見方が違うんじゃないですか? まず、軍人が国民から尊敬されているんですよ。

以前アメリカに訓練に行ったとき、空港では制服を着ているだけで優先的に通してもらえました。向こうだと、軍人はどこに行っても優先されるんですよ。

細野:
確かに、自衛隊と比較すると、米国の軍人の社会的な地位は高い。ただ、日本でも自衛隊に対する見方がここ10~20年で変わりましたよね。

永井さん:
そうですね、やはり阪神淡路大震災が大きかったですね。

細野:
私は、あのとき現地で2ヶ月間ボランティアしたことがきっかけで、政治家になる決意をしたんですけど、やっぱり自衛隊の人が一番頼りになった。何故なら、自己完結ができるからです。


永井さん:
そのための訓練ですからね。

細野:
私は2002年の夏に国会議員として初めて1泊2日の体験入隊をしましたが、本当に大変でしたね。

自殺者がよく出るという富士山の樹海で、月明かりとコンパスだけを頼りに5箇所の目印までたどり着く、というコンパス行進が本当にキツかった。同僚の国会議員が水筒を落として、朝の5時まで樹海を探しまわった経験が忘れられないです(笑)。

永井さん:
水筒は「官費」ですからね。あのときはものすごく怒った記憶があります。追加で講習も行いましたし。

細野:
そう、国から出ているお金で支給されたものを、自衛官がいかに大事にしてるか、そして連帯責任も学びました。「水筒を落としたのは俺じゃないのに!」じゃ通用しないんですよね。

駐屯地に行く機会が頻繁にあるんですけど、それ以降、言葉遣いが変わりましたね。原発事故の時も感じましたが、自衛隊というのは、他の組織と異なり、個人としての英雄を作らないんですよね。

連帯責任を徹底しているからこそ、塊として一番強い、というのは実体験としてあったのでわかったし、そんな最強の部隊である自衛隊が我が国の窮地を救いましたからね。

若者の数は少ないが、崇高な気持ちを持っている

細野:
現在は、民間就職が魅力的だったり、そもそも若者の数が少なかったりして、募集がうまくいかなくなっているそうですね。年間10,000人以上は入ってこないと、陸海空の自衛隊を維持できませんよね。

永井さん:
徴兵制の話もたまに議論されますけど、日本では徴兵制は非現実的で、あくまで志願してくれた人を受け入れる体制をとっていますからね。

細野:
任期付き隊員の場合はまだ若いから、再就職のハードルが低いですよね。退任後もいろんな仕事に就きやすい。一方で、50代で退任した場合は違うハードルがありますから、ここのサポートが最大のポイントだと思っています。

セカンドキャリアの援護が充実していないと募集もうまくいきませんからね。

永井さん:
ただ、私の時代には資格が取れて、身体も鍛えられる、というのを理由に入隊する方が多かったのに対し、今の方は「国の安全を守る」と言った、もっと崇高な気持ちで入隊してくれることが多いんですよ。

細野:
そういう若者が自衛隊に入ってくれるのは、嬉しいことですね。東日本大震災のことも含め、災害派遣を動機にして入ってくる方が多いんでしょうね。

永井さん:
それに、自衛隊の中の組織も変わってきています。失礼な話ですけど、昔は「自衛官は頭が硬い」、「真面目にやってくれるけど言われたことしかできない」なんて言われていたこともありました。

でも、今は状況も組織も変わってきていますから、一概にそういうことはないと思うんですよ。

細野:
災害対応で住民と話すことも多いですし、海外でも現地の人とコミュニケーションとらないといけませんからね。もちろん、いざというときは上官の命令に絶対に従うとはいえ、臨機応変に柔軟に対応するスキルが求められていますよね。

永井さん:
若い人にとっては、「なぜこんな訓練をやるの? 意味がないんじゃないの?」と思われることでも、実際に災害の現場などに直面したときにその理由に気付けたりしますからね。

それで言うと、昔の私のような隊員は訓練終わればだらっとしていたけど、今の人のほうがキビキビしているんですよ。

今の若い隊員の人のほうが崇高な気持ちを持っている、と言うのは本当に喜ばしいことです。

細野:
その気持ちを大切にするためにも、セカンドキャリアやサポートを含めた体制をもっと整えて、自衛隊の魅力を高めていきたいですね。

これは政治の責任だと思います。

永井政文様は、令和2年4月11日ご逝去なされました。心からご冥福をお祈り申し上げます。

〈文・撮影=いしかわゆき(@milkprincess17


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