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九勝六敗の男~スナック道場破り①

 証券会社を早期退職して小説家を目指したが、正直言って僕は世間を舐めていた。

 カラオケは上手な方だと過信しており、今回の企画も片手間で考えていた。

 カラオケ自慢だけでスナックに乗り込むという自己満足な内容だった。

 スナックも可愛い女の子がいれば、繁盛店間違いなしと高を括っていた。

 元セクシー女優のくらもとまいを看板にして新規参入を試みた。

 彼女は昭和のスナックを考えていたが、僕はSNSを駆使する心算だった。

「目が¥マークになっていて、楽しくない」最悪の結果になってしまった。

 玉袋筋太郎が町中華に鞍替えしたので、ブルーオーシャンだと計算した。

 あわよくば経費で小旅行が可能だと目論んだが、甘くなかった。

 小説は書いても書いても入選どころか一次審査さえ通過しなかった。

 その後、お笑いライブ、古物商にも挑戦したが大失敗に終わった。

 それにも懲りず調子に乗って、無謀にも区議選に立候補して惨敗を喫した。

 売れるまでは帰省しないと心に誓ったが、僕以外にも悪影響を及ぼた。

 以前は二、三カ月に一度は帰省していたので、母は寂しがった。

 寂しがるだけではなく、実家の引っ越しもあり、軽い認知症になった。

 母の寵愛を一身に受けた真ん中長男である僕の責任は大きい。

「お兄ちゃんの所為でママが大変なことになってしまった」

「賞味期限切れのカレーばかり36箱も溜め込んでいた」

 カレーライスは僕の大好物であり、帰省の際には用意されていた。

 そんな訳でお蔵入りと諦めていたが、物騒な名称を逆手に取ろうと考えた。

 海水浴と言えば白浜一択だったので、和歌山県は楽しい思い出しかない。

『トラフィック・ジャム』『シャヨウゾク』でも舞台として拝借した。

 色々と調べていると御三家として栄え、その後は藻掻き苦しんでいた。

 停滞していた和歌山県を打ち破ろうと孤軍奮闘した人に辿り着いた。

 栄えあるかどうかは別として、第一回目は絶対にこの人だと決めていた。

「小説の取材だったら、お母さんは大丈夫だから行っておいで」

 今回の帰省は墓参りを含めて、母とずっと一緒に過ごす心算だった。

 少し悩んだが、無駄足になってはいけないので予約をした。

〈四月から辻立ちを週五回に増やす為、木曜日もお休みを〉

 明後日の心算だったが、明日しか日程的に合わない。

 母の顔色を窺うと大きく頷いて、

「明日は大雨だから花見は明後日で大丈夫」

〈それでは明日、開店時間に合わせて訪問させて頂きます〉

 予想以上の大雨だったので躊躇すると、

「おにぎりを用意したから行っておいで」

 大阪から関空快速/和歌山行に乗ったが、車窓を雨が打つ。

 和歌山駅から新内にあるお店までは水溜まりだらけだった。

 開店前なのに常連客と思われる男性が既に熱唱していた。

「足元の悪い中、遠い処をおいで下さりありがとうございます」

 僕が入場料の1000円を払おうと財布を鞄から出すと、

「人生相談だけの訪問ならお代は頂いていないんですよ」

「今日はカラオケもさせて頂く心算です、それに小説の取材も、

「東京からお見えになるので、てっきり政治家志望の方だと」

 ホットコーヒーを注文して相談部屋に着席した途端に、

「大雨なのに珍しい、お客様がお見えになったので、少しお待ち下さい」

 女性二人と男性一人、男性二人、男性一人で僕を合わせて九人になった。

 少し経って、ホットコーヒーを持って、

「小説を書いていらっしゃるんですか」

「恥ずかしながら、買いても書いても入選どころか一次審査も」

「万人受けするものでなく、信念を持って書き続けることが大切です」

「四月から辻立ちを週五回にするっておっしゃっていましたが」

「午前中だけだと午後から活動する人とお会いできませんから」

「選挙は三年後ですよね、まだ少し早過ぎるのではないでしょうか」

「選挙活動ではありません、あくまでも政治活動なので」

「それにしても元市長なので、知名度は抜群じゃないですか」

「私の場合は、沢山の人にご迷惑をお掛けして、一度は引退宣言を」

「どうして引退声明を撤回して、復帰することに決めたんですか」

「罪を認めることになるから、挑戦しなければならないと」

「最高裁でも棄却されて、服役してからの公民権復活ですよね」

「私は一貫して無実を訴えています、贈賄側の主張だけで」

 話した内容を全て口語で記載することは、無理なので抜粋する。

 警察を辞めて、市議選への挑戦、県議選での失敗、市長への道。

 生い立ちを含めて、全てに説得力があり、この人は正しいと確信した。

「関空は埋め立てでなく、空母方式の方が良かったんですよ」

「それでは、どうして埋め立てに決まったのでしょうか」

「某銀行員の証言ですが、鉄鋼と土木の政治力の差だそうです」

 し尿戦争のことは敢えて触れる必要がないと判断したので、

「今の政治についてどのようにお考えになっていますか」

「和歌山のことですか、それとも全国的な話でしょうか」

「できれば両方のことをお話し頂けると大変ありがたいです」

「和歌山のことは選挙に差し障りがあるといけないから」

「WIKIPEDIAでは無所属とありますが、自民党にも」

「裏金問題でも和歌山は目の敵にされて叩かれていますよね」

「報道ばかりだと本質を見失います、私からはそれだけです」

「野党若しくは新党についても何か言及して頂けませんか」

「維新が企業献金禁止を打ち出した時、少しだけ期待したんですが」

「過去形なので今は期待をしていないと考えて良いでしょうか」

「彼らは弁護士なので、頭が良いけれども消費者金融弁護団出身だから」

「僕もそれは自分自身で調べました、諸悪の根源を教えて下さい」

「パーティー券と政党助成金この二つが全ての元凶ですよ」

「政治には資金が必要というのは間違っているとお考えですか」

「間違っていませんが、最初に資金ありきではいけません」

 質問の形式を変えてもこの人は絶対に誹謗中傷をしない人だ。

最後に一番印象に残った遣り取りだけ記載することにする。

「市長になった途端、同和や在日など所謂口利き屋が来たんです」

「何の目的を持って、彼らは面会に来るのでしょうか」

「市長さん、談合についての考えを教えて頂けませんか」

「それに対して、どのようにお答えになったのでしょうか」

「私は一切関わりたくない、業界内で決めてくれと言いました」

「それに対して、どのような反応を示したんでしょうか」

「たった十分の面談でしたが、安心して帰って頂けました」

「それからは、何らかの反応はなかったのでしょうか」

「某ゼネコンの担当者が3000万円の献金を持ってきました」

「それは受け取ったのでしょうか、それとも断ったのでしょうか」

「企業献金は一切受け取れませんとだけお伝えしました」

「それは正式に断ったと理解しても良いのでしょうか」

「数週間後、3000人分の個人献金を持って訪問してきました」

 これだけで充分だった。

 僕は早々に『風に向かって進め』を購入して貪るように読み終えた。

 絶版になっている『選挙必勝法』『僕、コレで市長辞めました』も探している。

 

 一曲目:くちなしの花

 二曲目:昔の名前で出ています

 三曲目:恋

 

 本文中は基本的に敬称略ですが、リスペクトが足りないのではなく、リズムを尊重及び師匠、兄さん(姐さん)等の使い分を省略する為であることを理解して下さい。

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