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鴻巣友季子「翻訳教室」を読む

「ハマる」を「笑える国語辞典」で調べると下のような説明がある。
ハマるとは、趣味や食べ物などに夢中になって抜け出せなくなっている、という意味の俗語。 穴などにぴったり入る、あてはまる、溝などに落ちるという意味の「嵌る、填る(はまる)」からきており、ぴったりサイズの穴に入ってしまって抜け出せない状況を表している。

今日、鴻巣友季子の「翻訳教室」(ちくまプリマー新書)を読む。The Missing Pieceという英語の絵本をテキストに使って、世田谷区立赤堤小学校6年2組の生徒に翻訳教室を開いた時の様子が実況放送のように記されていた。実際それはNHKの「ようこそ先輩 課外授業」という番組をまとめたものだった。まだ英語の授業が5年生から始まったばかりの生徒にいきなり辞書を渡して翻訳させるのだが、グループに別れた生徒たちは最後には奇跡のようにプロも顔負けの翻訳を発表するのだった。まさにアドバイザー役に徹したディスカッション型指導が、翻訳家鴻巣友季子のもとで展開された。

選んだテキストそのものが翻訳という行為の本質を子供にも悟らせるものだったし、導入部で行われた翻訳で大切なことの講義も分かりやすく、講義形式でも素晴らしかった。それは小学6年生の頭に染み透るように入ったことが、発表の時にわかったからだ。The Missing Pieceとは自分に欠けた部分にぴったりハマる、「丸」の自分探しの旅みたいな内容の絵本だ。そしてハマることが翻訳のエッセンスであることがわかるしかけになっている。


ぼくは鴻巣友季子を「ヘミングウェイで学ぶ英文法2」の表紙の帯で知った。そこには「代名詞が過去を暗示し、比較級が消えた情景を呼び起こす。倒置構文が生と死を語り、助動詞が時を巻き戻す。文法学習とはなんとスリリングな文学の冒険だろう」と書かれてあった。このように英文法を形容する言葉に虜になってしまった。只者ではないという感覚。この人の本ならなんでも読んでみたいと思い、速攻で泉野図書館から借りてきて読んだ。そして翻訳が精読であるという村上春樹以来の理解と重なり、これから翻訳にハマって行きそうな予感に浸っている。

ぼくが翻訳に興味を持ち出したのは、村上春樹の翻訳に対するリスペクトが並々ならぬほどだった事に素朴な疑問を持ったことからだった。趣味だとも言っていた。小説だけ書いていれば小説家としてやっていけるのに、自ら翻訳を手がけアメリカの未公開の小説をどんどん紹介している。もちろん自分の小説のリソースにするつもりもあるのだろうと思うが、それ以上に翻訳を通して、深く時代と人間の共通理解が進んでいくのを実感しているのではないかと感じる。翻訳とはある言語をもう一つの言語に訳すことではない。英語と日本語で言えば、英文和訳と英文翻訳とは全然違うとは言わないまでも、一つ次元が違う行為になる。翻訳された日本語は、ネイティブの日本語になっていなければならないからだ。だから翻訳された小説を読む場合、言語文化圏の違いを超えて小説の中に生きることになる。但し優れた、オーソドックスな日本人らしい翻訳家の文章によってではあるが。そのことを鴻巣友実子と彼女から紹介された野崎歓のエッセイを読んで学んでいる。それが自分をどんどん変えていくようで、楽しい。つまり、ハマっている。

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