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小川洋子「凍りついた香り」

私が20歳のとき、父は自ら死を選んだ。

なぜあんなに真面目に誠実に生きてきた人が、あんなに寂しいところで一人で死ななければ行けなかったんだろう。
私は今でも分からない。

父はおそらく過労死だった。
亡くなる2年ほど前に管理職に任命され、毎日5時に出勤し19時頃帰ってきていた父は、
亡くなるまでの2年間は朝4時に出て日付が変わる頃帰ってくるようになったらしい。

人は酷い精神的打撃を受けると、火傷のように身体が痛くなることを初めて知った。
火傷のようにずっと痛い、苦しい。
父が亡くなってから一年ほどは、痛くて苦しくてまともに眠れなかった。

病院で処方された睡眠導入剤がまた全く合わなかった。飲むと頭がぼんやりして、思考回路がバカになる。そして、自分のせいで父が死んだのだと思いこむ。
自分で死のうとするのを止めるために、眠りにつくまで誰かと一緒にいなければいけなかった。この件では元彼に随分迷惑をかけた。
今も、猫か誰か人と一緒でなければ上手く眠れない。

私の20歳は一人では何もできず、生きているのがやっとだったみっともないボロ雑巾のような時代だった。
あの頃には二度と戻りたくない。

小川洋子さんの「凍りついた香り」に出会ったのは父が亡くなって半年たった頃だった。

物語は、主人公の女性の恋人が自ら死を選んだ所から始まる。
小川洋子さんの文章はどちらかというとかなり客観的で淡白な方だと思う。事実を淡々と描写していく。
この作品も、主人公の恋人が亡くなってから、物語は淡々とすすんでいく。
例えるなら冬の早朝のような、透き通った香水瓶のようなそんな静かな作品だ。
私は、この作品を読んだ時何故か「あ、救われた」と思った。
自責の念と眠ることすら出来ない苦痛、
何度も自殺未遂をしてその度に駆けつけてくれる母と元彼への申し訳なさ、
何も一人で出来ないし勉強にもついていけない焦り、
そんなもので私の心の中は常に混乱して、騒々しかった。

けれど、この作品を読んでいる間は心が凪いだ。
主人公も、私と同じく大切な人を自殺でなくしたからだろうか。
それとも作品があまりにも静かだからだろうか。

この作品を読んでいる間だけは、私は現実の苦しいことを忘れて静かなチェコにいることが出来た。

それ以来小川洋子さんの作品はずっと私のお守りだ。
出版されている作品はエッセイも含めて全て買い揃え、辛いときや眠れないときに読み返している。

夫、猫、小川洋子さんの小説は私の心の避難所だ。

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