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養生訓巻第二総論下 鳳凰堂流解釈㉟

原文を現代文に改変
或る人の曰く、養生の道、飲食色欲を慎むの類我皆知れり。然れども慎み難く、欲しいままになりやすき故、養生成り難しと言う。

我思うに、これ未だ養生の術を良く知らざるなり。良く知れらば等か養生の道を行わざるべき。水に入れば溺れて死ぬ。火に入れば焼けて死ぬ。砒霜を食らえば毒に当てられて死ぬる事をば、誰も良く知れる故、水火に入り、砒霜を食らいて死ぬる人なし。

多欲の良く生を破る事、刀を以て自害するに同じき理を知れらば、等か欲を忍ばざるべき。

全てその理を明らかに知らざる事は迷いやすく誤りやすし。人の誤りて禍となれる事は、皆不知より起こる。赤子の腹ばいて井に落ちて死ぬるが如し。灸をして身の病を去る事を知れる故、身に火をつけ、熱く痛めるをこらえて多きをも厭わず。これ灸の我が身に益あるを良く知れる故なり。

不仁にして人を損ない苦しむれば、天の責め人の咎めありて、必ず我が身の禍となる事は、その理明らかなれども、愚者は知らず。危うき事を行い、禍を求むるは不知より起こる。盗はただ宝を貪りて、身の咎に落ちいる事を知らざるが如し。養生の術を良く知られば、などか欲に従いて慎まずやはあるべき。

鳳凰堂流意訳
或る人が次のように言った。

養生の道が飲食色欲を慎むと言うようなものであることは誰でも知っている。

しかしながら慎み難く、欲しいままになりやすいから養生成り難しと言っているのである。

我が思うに、これは未だ養生の術を良く知らない人の言葉である。

良く知っていれば養生の道を行わざるべき。

水に入れば溺れて死ぬ。火に入れば焼けて死ぬ。砒霜を食らえば毒に当てられて死ぬる事をば、誰も良く知っているから水や火に入ったり、霜を食べて死ぬ人はいない。

多欲は良く生命を破るが、刀で自害するのと同じ理屈だと知っていれば、多欲は我慢しないわけにはいかないはず。

あらゆる事に関して、その理屈が分からなければ迷いやすく誤りやすい。

人の誤りによって禍となる時は全て不知より起こる。

赤子が腹ばいで井戸に落ちて死ぬようなもの。

灸をすると病が治る事を知っている為、身体に火をつけ、熱く痛いのをこらえて嫌がらない。

これは灸が我が身にとって良いことを良く知っているからである。

身体がうごかず人を損ない苦しむのは、天運が責めていたり人に咎められている状態であり、必ず自身の禍となる事は、理屈としては明らかだが愚者はその事を理解できない。

危ない事を行い、禍を求めるのは不知から始まる。

盗みはただ宝を貪って心身が咎に落ちいる事を知らないようなものである。

養生の術を良く知れば欲に従って慎まないと言うことはない。

鳳凰堂流解釈
養生の術に関しては、何度も書いてきてくれましたが、長期的なリスクをしっかりと見据える事ができれば、今の目先の欲は我慢或いは気にならないと言う事。

気になるのは、まだまだ自我や傲慢さが残っているので、少しずつでも減らしていくべき事を言っています。

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