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成功する人は、成功する前から、成功したような顔をしている

大学の校門近くにある文房具屋の一角には訳本が並んでいる。
遊び盛りの学生が利用する虎の巻だ。
通称”卒論屋”と呼ばれる人物が
この文房具屋の店主だ。
とにかく早い、100枚くらいの論文なら3日。
小論文なら3時間で作ってくれる。
ワープロで作ってくれるので
そのままプリントアウトすればバッチリだ。
この卒論屋の文房具屋に一人の女の子が来店した。
ゆっくり引き戸を開け、
ゆっくりゆっくり引き戸を閉める。
(この店は、自動ドアではないので、あしからず)
丁寧な子だと思った。
一見して普通の子だが、動作がゆっくりなのが気になった。
「学生さん?」
「はい」
「訳本?それとも、ワープロ?
(論文代行とは言わない。ヤバイので)」
「あの・・・テキストのコピーです。」
「コピー。セルフでね。セルフサービス、
100円入れれば10枚できるよ」
彼女は動かない。
「どうしたの?」
「私、目が不自由なんで・・・」
「え・・・(言葉が出なかった)」
「拡大コピーしてもらえませんか」
「うん、これくらいかな・・・・・」
卒論屋は、200%コピーして見せた。
このコピー機では200%が最大なのだ。
彼女は、紙にほとんど目を擦り付けるようにして。
「ちょっと見えないんで」
「わかった・・・」
200%のコピーをさらに200%拡大する。
「これで、見えるかな・・・」
「うん、なんとかなります・・・
留学試験受けるので
これからも来ますので
お願いします」
と言い残して彼女は帰って行った。
ゆっくりと戸を閉めて。
彼女は生まれつき片目はみえなかった、
かわいそうに最近はもう片方も見えなくなってきた。
 
それから、彼女は毎日来た。
戸の開く音で分かった。
いつの日か、卒論屋は、その戸の開く音を
聞くと入り口に所に駈け寄り
「さあ、入って・・・いいから
俺が閉めるから・・・
今日は、どれだ・・・
よし、待ってろ」
「おにいさん、やさしいね」
「いや、バカだから。
これでも、君の先輩だよ
6回まで行ったけどね」
「そうらしいですね。
クラスの子が言ってました。
おにいさん、私、受かるかな?
オーストラリア行けるかな?
カンガルーもコアラも
よく見えないけど・・・」
「行けるよ。絶対に。成功する顔してるよ。
俺が保証してやる」
「そう、明日、試験なの。
だから、今日で最後のコピー
面倒だったよね」
「そんなことないよ。
お安い御用」
「ありがとう・・・」
それから、しばらく彼女は
来なかった。
日に日に寒さが増す頃になると
卒論屋は忙しくなる。
店番の最中も、パソコンを叩いている。
そこへ、あの子がやってきた。
いつもより、戸の開くのが早い。
「ジャン」
「どうだった?」
「合格!」
「良かったね」
「おにいさんに一番に話したくて」
「そう・・・本当に良かったね」
ふつう、女の子なら涙でも流すのだろう。
でも、彼女はケロッとしてみせた。
その仕草がいじらしかった。
「おにいさん、帰ってきたら
また、拡大コピーしてくれる?」
「うん」
「じゃ、絵ハガキ送るからね」
彼女は、帰って行った。
何度も何度も頭を下げながら
いつもより、ゆっくり戸を閉めて。
彼女が去ったあと、
卒論屋は、「やけにパソコンの画面が見にくい」と思った。
 

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