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高校時代、文学に命をかけていると言う先生の学生時代のレポートを見せてもらった。これを読んでから、私は女性に優しくしようと思うようになった。

太一郎は高校の国語の先生が嫌いだった。
まず、顔が気にいらない。その先生は、もう60前で
おでこが広くなってきているのを
隠すために後ろの髪を無理矢理前に持ってきている。
だから、その分、頭のてっぺん辺りの地肌が見えて
カッパの皿のようになっている。
だから、太一郎はその先生をカッパと呼んだ。
 
カッパ先生の授業は、教科書の内容よりも彼独自の話が多い。
まるで、カッパ独演会なのだ。
たとえば、
「明治の文学者は命がけで書いていた。
しかし、今の人は遊びだ」
自慢げにカッパ先生は胸を張って言ったのだ。
何とか、カッパ先生の鼻をあかしたい太一郎は
この話の例外を探しやろうと図書室で調べた。
いろいろあったがおもしろいのを一つ見つけた。
どちらかというと
悲劇の主人公的な有名人のこぼれ話があったのだ。
太一郎は、研究の成果をカッパ先生の授業中にぶつけた
「先生、明治の文学者にも変なのいましたよ。
たとえば、石川啄木は田舎から出てきたばかりの
売れない小説家時代だった頃、とにかく貧乏
だったそうで、暇なとき、よく
「好き歩く」とか「付き歩く」というような遊びを
友達とやっていたそうです。つまりですねえ。
街で、行き来する女の子を見ているわけです。
それで、気に入った可愛い女の子を見つけると
後を付けたり、横に並んで恋人どうし気分に
浸ったりしたそうです。これって、今で言えば
ナンパかストーカーですよね。」
カッパは太一郎の話に耳を傾けていたが
他の生徒たちが
「ええ、あの石川啄木が・・・」
とどよめきたてると、
「そんなバカな話を、よくも探してきたものだ。
石川啄木だって人間だ。一皮むけば、ただの男だ。
ついでに、もう一つ教えてやろう。その啄木と
いっしょにナンパをやってた東大生のKは、
のちに国語辞典を作るほどの学者になった。
おい、その辞書だ・・・それくらい、俺が
知らないと思ってたのか・・・ハッハハ」
逆に、やられてしまった太一郎は
また図書室に行った。今度は、夏目漱石を調べた。
あの千円札の賢そうな紳士が、
実は没落名主の4人兄弟の末っ子の余り子で、
何度も養子に出されたなんてことを知ったが、
「これじゃ、インパクトないなあ」
と呟きながら、ふと気づくと横にカッパ先生が立っていた。
カッパ先生は、
「ちょっと、昔の日本を教えてやろうか」
と言って題名が消えて読めないような古いレポート
を太一郎に手渡した。
 
・・・男たちが赤線地帯を徘徊して気に入った女を見つけ
女郎屋に入って行くと玄関のすぐ横に
4畳半くらいのちいさな部屋がある。
そこには小さな机があって羊羹や茶菓子
それにお茶やお酒も置いてあった。
気のきいた店には、お茶漬けやおにぎりなどを
置いていた。客は、ここで気に入った女郎が
来るのを待つ間に、軽く腹ごしらえをするのである
・・・・・・・・・
馬や牛を買うために貧乏農家は娘を女郎屋に売った。
で、女郎屋はそんな娘たちに何を食べさせたか。
うすいうすいみそ汁にイモの皮を入れただけだった。
栄養失調になって倒れても病院に連れて行くことも
ない。死んだら、無縁仏だ。実家に連絡しても
引き取りに来る親はほとんどいない。そんな中で
何とか生きようと女郎たちはどうしたか。
玄関脇の4畳半の部屋にある客が残したお菓子や
羊羹を食べていた。彼女らにとって
良いお客さんとはお菓子やようかんを
残して置いてくれる人なのである・・・
 
これはカッパが学生時代に書いたレポートだった。
カッパは言った
「俺は、このレポートまとめてから、
女の子に優しくなったよ。日本にも、
こんな不幸な時代があったことを絶対忘れてはならんな」
太一郎は、逆にカッパ先生にしてやられたと思った。
そして、高校教師カッパを少し見直した。
 

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