見出し画像

傷だらけのヒーロー

また今年も梅雨がやって来た。
去年の今ごろも、こうして雨に降られていた。
長谷敬三の自慢のアルマーニも
半年も着ていると生地の本来の艶ではなく
まったく別のツヤが生み出てくる。
ああ、某大手デベロッパーの役員の地位を
追われたのは一年前だった。
妻も一人娘も愛想を尽かして出て行くし、
少しばかりの蓄えも底をついた。
職のない50男に金を融通してくれる人など
いるはずもない。はたして敬三は駅前の某大手都市銀行の
シャッター下の住人と相成った。
 
敬三が、ぼんやり見上げた梅雨の空には雲が広がり
太陽は見えない。「俺の心と同じだ・・・・・
昔、誰かに教えてもらった。太陽は希望の燈と
昔の人は考えていたから、どうしても梅雨は憂鬱になる。
そこで、太陽の見えない梅雨にも燈を作った。
だから、あじさいは紫陽花って書く・・・・・」
銀行の自動ドアの横には、その紫陽花が華やいでいる。
 
昨日は慈善団体のやっている炊き出しの列に並んだせいか、
本日の腹の虫はいくらか落ち着いている。
「腐っても、俺は元重役・・・すぐに働き口は見つかる」
なんて妻や娘に大口叩いたこともあったが、この不景気じゃ、
かえって元なんとかっていう古い勲章などないほうが良い。
妻の別れ際のセリフがガンときた。
「仕事が決まっても、連絡しないでね」
こうなれば、警察にでも捕まるか・・・
刑務所なら、いくらかの飯は食わせてもらえるだろう。
コソ泥で捕まるのはプライドは許されない。
さて、何で捕まるか・・・・・。
あああ・・・腹減った・・・。
駅の電光掲示板が14:55。
「そろそろ寝ぐらに帰らないとな」
最近は、雨露を凌げるビルの下などでは一夜の宿を求める
多くの浮浪者が争奪戦を繰り広げる。銀行のシャッターの
降りる15:00には、自前のダンボールをひいて
場所取りをしなくてはならない。
この世界も競争なのだ。
 
敬三が銀行の前にフラフラやってくると、
どうしたのだろう?銀行の店内から
キャー・・・女性の悲鳴が聞こえた。
パンパン・・・
銃声ではないか?
「コリャ・・・たいへんだ・・強盗だ」
銀行内では銀行強盗が銃を乱射している・・・
パンパン・・・
駅前の群集も走り出した・・・
敬三はタダならぬ雰囲気に逃げなくては・・と
思うのだが、歳もあるし腹も減っているし
手に持ったダンボールもある。
「ドドッドオドオドッド・・どうしよ・・」
敬三がフラフラと逃げ惑っていると・・・
覆面をした銀行強盗がスゴイ勢いで飛び出してきた。
手には白い袋、おそらく札束が入っているのだろう・・
「どけー・・・オッサン・・・」
強盗は叫んだ。
ゴッツン。
動くに動けない敬三と強盗は激しくブツかった。
もんどりうって転がる敬三と強盗。
敬三は、すぐに起きあがったが、
銀行強盗は打ち所が悪かったのか?
倒れたまま、頭を抱えて苦しんで起きあがれない。
 
”元○○開発重役。銀行強盗取り押さえる。”
翌朝の新聞の三面記事の大見出しだった。
そして、銀行の店頭が大写しの片隅には
ぼんやりと紫陽花が数輪咲いていた。
        

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?