見出し画像

ずっと愛し合った仲だった。そんな二人は、周囲の反対のために引き裂かれた。国籍が違う。ただ、それだけの理由だった。

真美はアメリカのニューヨークで働く夫から
「落ち着いたので、こっちに来て欲しい」
と国際電話で連絡を受けた。
愛する夫のもとへ行けるのだ。
胸はワクワクときめいた。
思えば真美にとっては、初めての海外だった。
最初は、驚くことばかりだった。
言葉の問題はもちろんだが、一番驚いたのは
現地に到着すると夫と一緒に事業をしている
義兄さんがピストルの撃ち方を教えてくれたことだ。
「見知らぬ人が、どんどん入ってきたら
撃ってもいいんだからね。それは正当防衛なんだから」
とアドバイスを受けた。
平和な日本に住む真美にとっては考えられないことだった。
義兄は、最初一人でニューヨークに来た時、何度も
危ない目にあったと話してくれた。
 
そんな真美も1年もすれば、何とかニューヨークでの
生活にも慣れた。とくに危ない目にも遭わなかったし、
現地で知り合った友達も何人かできた。その一人に
真美と同じようにアメリカに来た韓国人のKさんもいた。
 
Kさんとの出会いは、不思議な出会いだった。
ある日、真美はデパートで買い物をしていた。
ハンドバックが欲しかったのだが、3つくらい候補は
選び出したのだが、それぞれに一長一短あって
なかなか決められない。そこへ、現れたのがKさんだった。
「お悩みですか?」
Kさんは、真美とは20才くらい上の品の良さそうな女性だった。
「日本の方ですか?」
「はい、そうです・・」
Kさんが、あまりにも日本語が上手なので真美は驚いた。
驚く真美に、Kさんは
「私は、日本で生まれて日本で高校にいました。
あなたの出身地は大阪ですか?関西なまりのように感じますので?」
と懐かしそうに尋ねた。
「はい、大阪ですが・・・」
ハンドバックのことを忘れて話しているうちに、Kさんは
真美が結婚前まで住んでいた町に、20年前まで住んでいたことが
分かった。しかも、共通の知り合いもいたのだった
「もしかしたら、真美さんの卒業した高校に、高橋という社会科の
先生いませんでしたか?背の高い、メガネをかけた人です。
剣道が上手な人です。年齢は今なら私と同じ50才くらいの・・・」
「剣道・・・ええ!高橋先生知ってるんですか」
その高橋先生は、真美が高3の時のクラス担任だった。
Kさんは、夢中になって続けた、
「もし、もし、良かったら・・・真美さんが日本に帰る時、
高橋さんに伝えてほしいことがあります」
高橋先生とKさんは、中学生の頃から20才の夏まで
ずっと愛し合った仲だった。
そんな二人は、周囲の反対のために引き裂かれた。
国籍が違う。Kさんが韓国籍。
ただ、それだけの理由だった。
しかし、当時の二人にとっては超えられない壁だった。
傷心のKさんは、20年前、日本を離れアメリカに渡った。
そして、ニューヨークで知り合ったアメリカ人と結婚した・・・
 
今年の8月、祖父の初盆の為、真美は日本に帰った。
真美の町では、灯籠流しの習慣が残っていた。川にゆらゆらと
流れる無数の灯籠。川縁には、たくさんの人がいた。
その人々の中に真美は高橋の姿を見つけた
「先生ご無沙汰してます。ご自宅にお電話したら、毎年、今日は
おひとりで、ここに来てるって奥様がおっしゃられましたから」
「久しぶりだね・・・元気そうや・・・わざわざ何か?」
真美は、今、夫の仕事の都合でニューヨークに住んでいることを話した、
「先生、本当に大変な偶然なんですがKさんって御存知ですよね。
その方が、元気でやってますと先生にお伝えくださいと・・・」
真美の話が終わるが早いか、高橋はつい今し方、流したのだろう
川面に浮かぶ一つの灯籠に視線を流した。その灯籠には、美佐と言う名前が
書いてあった。手元でくるくる回っていた灯籠は運命に流されるかのように
川の流れに乗って、だんだん小さくなり、そして、見えなくなった。
美佐はKさんの日本名だった。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?