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敵討ちと書いて、かたきうちと読みます。江戸時代の侍の世界には、真剣勝負で悔しさを晴らす制度があったのです。現代ならば法の下の裁判ですけどね。

今から200年ほど前の話である。
会津藩20石江戸住勘定方・並河一郎太は、
無念の死を遂げた父の敵討ちの為に
同じ藩の江戸家老・橘慎之介と1ヶ月後、
殿の御前にて果たし合いをすることになった。
 
慎之介は剣の達人で、同い年で一緒に道場通いをした
一郎太ではあるが、どうころんでも勝てる相手ではない。
そこで、一郎太は考えたあげく、藩内でも
美人の誉れ高い恋人の小雪を慎之介の屋敷に奉公にやった。
「よいか小雪、慎之介の隙を見て、この薬を
少しずつ飲ませるのじゃ」
一郎太が小雪に手渡した薬は、今で言うトリカブト
のようなもので、何回も飲ませれば、次第に
身体が衰弱して行く薬だった。
 
さて、首尾良く橘の家老屋敷に奉公に上がり始めた
小雪は、この屋敷で働いている女たちには目障りだった
ようで、何かと仲間はずれにされた。挙げ句の果てに、
罠にかけられ、門番の男二人に強姦されそうになった。
そんな小雪の危うい所を助けに現れたのが、
皮肉なことに憎き敵の慎之介であった。
「大丈夫であったか、あやつらは本日限りで
暇を言い渡したので、安心して奉公してくれ」
そう言う慎之介は、以前から小雪のことを
好いていたようで、彼女が奉公に上がるように
なった日から、様子を見ていた。だから、
小雪の危機を未然に防ぐことができたのだった。
そんなことを知る由もない小雪は、
将来の夫となる一郎太の敵ではあったが、
慎之介の優しい物腰を見ると、
どうも憎き敵とは信じられなくなった。
 
1週間2週間と奉公を重ねる内、何とか慎之介の
側に近づくことができるようになった小雪は
何度か、薬を慎之介の食事の腕の中に入れた。
日に日に、慎之介に心を引かれて行く小雪ではあったが、
将来の夫の憎き敵だと自分自身に言い聞かせ、
心を鬼にして、薬をもりつづけた。毒が全身に回り
次第次第に顔色が悪くなる慎之介。
そして、1ヶ月がすぎ、果たし合いが明日に迫った日、
慎之介が小雪に話しかけた
「小雪は、駿河一郎太の許嫁だそうじゃのお?」
「え?」
「隠さなくとも良い。知っておったのじゃ最初から」
「そんな・・・」
「小雪が毒をもっていたことも」
「まさか」
「一郎太の父は、惜しいことをした。しかし、
やむをえなかったのじゃ。家老の跡目争いに勝ち、
わしは江戸家老になった。息子と同じ年の
男に負けたのじゃ。さぞかし悔しかったのじゃろう。
夢やぶれたと分かった一郎太の父は、わしを殺そうと
刀で斬りつけてきたじゃ・・・殺すつもりはなかった・・・」
「そこまで分かっておられるのなら、どうして
私の差し出したものをお食べになったのですか?」
「あなたになら、殺されても本望と思っていた」
「慎之介さま」
小雪にとっては青天の霹靂とも言うべき
慎之介の愛の告白であった。
この世で一番愛してはいけない男に
心を引かれて行く小雪であった。
 
さて、翌朝、お殿様の見守る会津藩邸中庭にて
並河一郎太と橘慎之介の一対一の果たし合いが
始まった。小雪は、一郎太の親族たちの片隅で
状況を見守った。どちらが勝っても小雪に
とっては悲しい結末であった・・・
 
勝負は一郎太優勢のうちに進んでいた。
見守る誰もが哀れに感じるほど衰弱し立っているのが
やっとの慎之介に一郎太は容赦なく何度も何度も
斬りつけたが、なかなか致命傷までは至らない。
ほんの一瞬の間で一郎太の剣をかわす慎之介だった。
汗にまみれ必死の形相でにらみ合う一郎太と慎之介。
もはや体力の限界なのであろう慎之介が、膝をついた。
そこへ一郎太が切り込む
「父の敵(かたき)」
それに対し慎之介は倒れながら、一郎太を突いた。
心の臓に太刀を浴びた一郎太は、
「ウウッ」
と呻きもんどりうって倒れた。
「おお・・・」
と鳴き声とも叫び声とも知れぬ声をあげ、
倒れた一郎太に駆け寄る彼の親類縁者たち、
その中に小雪もいた。ほんの一瞬、慎之介と
小雪は視線を交わし、すぐさま背けた。
家臣たちの肩を借り、ヨロヨロと立ち上がる慎之介が見たものは
瀕死の一郎太に泣きすがる小雪の後ろ姿だった。
 

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