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女は何に惚れるか分からない

「女は何に惚れるか分からない」
稼ぎは少ないし飲んだくれの父と30年もいっしょに暮らしている美子の母の口癖だった。
美子の父は熊本生まれの九州男児らしく、眉が濃く目鼻立ちが整っていて、なかなかいい男だ。
子供心にも、「お父さんはカッコイイ」と美子は思っていた。
そんな美子が、父に幻滅したのは、母がずっと保母さんをやっていた理由を知った中学1年生の時だった。
美子の父は、1年のうちの半分は、給料を一銭も家に入れない人だったのである。
腕の良い大工だったが、どこの工務店に勤めても1年と持たずに親方とケンカして辞めてくるのだった。短気は損気を地でいったような人だ。
そんな父の為に毎日3食を作って、細かな家事もやり、その上、保母さんの仕事までしても、美子の母は一度も父の悪口を言わなかった。
「この人を何とかしてやらなくちゃと思ってしまうのよね。それが女なのかもね」
と、今でも父に惚れてることをほのめかす。
「なんで、昔から、優男、金と力なしって言うのかな?」
疑問に思っている中学生の頃の美子に、母は、こんなことを言った、
「目鼻立ち整っていると、自分の気持ちが表情に表れやすいのよ。だいたい、要領よく生きてる人はね。目が細くて鼻が低い人が多いはね」
この話が潜在意識の中に残っていたのだろうか。
美子の最愛の夫は、目が小さくて鼻の低い刑事さんだった。
「もう、理想のタイプなのよね。優しくて、縁の下の力持ちタイプなの」
って、両親はもちろんのこと、友達にも自慢したものだ。しかし、実際にいっしょに暮らして3年も過ぎてくると、いつも表情を変えない夫が、一体、何を考えているのか不安になってきた。
ひょっとして浮気でもしているのではないか。別の女の人と会うときも、あんな顔なんだろうか。いろいろ心配になって、気晴らしに実家に帰った。
すると、どうだろう。おそらく仕事がないのだろう。暇そうに大工道具を磨いている父が、やけに可愛く見えたのだった。

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