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【連載】お腹で分かるあなたのカラダ やさしい漢方入門・腹診 第一回「腹診ってなんでしょう?」

この記事は無料です。

漢方の診察で必ず行われる「腹診」。指先で軽くお腹に触れるだけで、慣れた先生になるとこの腹診だけで大凡の患者さんの状況や見立てができるといいます。「でもそんなこと難しいでしょう」と思うところですが、本連載の著者・平池治美先生は、「基本を学べば普通の人でも十分できます!」と仰います。そこでこの連載ではできるだけやさしく、誰でも分かる「腹診入門」をご紹介します。

お腹で分かるあなたのカラダ やさしい漢方入門・腹診

第一回 「腹診ってなんでしょう?」

文●平地治美


腹診の素晴らしさを伝えます!

 初めまして、平地治美です。

 千葉で親子二代で鍼灸院を営んでいて、鍼灸と漢方相談をしています。

 今年(2015年)一月には日貿出版社さんから『やさしい漢方の本・舌診入門 舌を、見る、動かす、食べるで 健康になる!』という本を出させて頂きましたので、もしかすると書店でご覧になっている方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

 今回のここで連載することになったのは、その日貿出版社の編集の方より、「続編を書きませんか?」とのお誘いを頂き、「では、腹診で!」ということで決まりました。

 「腹診」は「舌診」とともに、患者さんの調子を診るための大事なツールで、お腹と舌を診れば、その患者さんに何をすれば良いのか、大体の見立てができてしまうのです。

 そうしたこともあって、前々から、

「この腹診の素晴らしさを多くの人に伝えたい!」

という、秘めたる野望を持っていました(笑)。

 でも、恐らくほとんどの人は「腹診」がどんなことをするのか知りませんよね。

 ましてそれが自分でもできるなんて想像もつかないと思います。

 そこでこの連載では誰でもできる「腹診」の基礎をご紹介していきたいと思います。


腹診は日本漢方の真骨頂

 私が腹診を学び始めたのは漢方の世界に入って数年後、漢方医の寺師睦宗先生に師事してからでした。

 薬局では患者さんの体に触って診断をすることができないため、腹診をすることはありません。ですから寺師先生のもとで勉強をするまでの腹診についての認識は「そういう診断があるんだな」という程度でした。

 最初に少し漢方のことを説明しますと、漢方は中医学と日本漢方という大きく二つの流派に分けることができます。この二つにはそれぞれに長所と短所があります。

 説明し始めれば切りがないのですが、ごく簡単に言うと診断方法では中医学は舌診や脈診を得意とし、あまり腹診をすることはありません(これは文化的な背景もあるかもしれません)。

 それに対して日本漢方は腹診を得意にしていて、また重視しています。

 どうも中国の人はお腹を人に見せるということにものすごく抵抗を感じるようで、これが理由で中国では腹診が発達しにくい下地があったようです。

 一方で日本では、江戸時代に現れた漢方界のカリスマ・吉益東洞が"万病一毒説"を提唱しました。

 これは、

"すべての病気はただ毒により起こる"

という考えです。

 その毒を見つけて処方を決めるのに重要なのが腹診でした。

 脈診や望診よりも分かりやすく、日本人の気質にも合っていたのかもしれません。

 それまで私は薬科大学を卒業後、中医学がベースの薬局にいたのですが、そこで数年間の臨床を経験した結果、処方の選択や治療方針を立てる際に中医学による診断・治療だけでは限界があるとを感じるようになり、“日本漢方も学んでみたい”という思いが芽生えてきました。

 中医学は理論的にはすっきりしていて分かりやすいのですが、実際の臨床は理論通りにいかず全てをカバーするのは難しいのです。また、使用する生薬の量も日本の2〜3倍以上ということもあります。

 逆に日本漢方はその人全体を見るという要素が大きく、風邪やインフルエンザなどの伝染性の急性病を把握しやすい利点がある一方で、「自分の体験しか信じない、目に見えないものは信じない」と、理論を軽視する傾向があります。そのため行き当たりばったりになりやすいという欠点もあります。

 どちらも一長一短なので、

"両方の良いところを融合すると理想的なのでは?"

と感じた私は、はじめは独学で日本漢方を学び始めました。

 すると、どの本を読んでも、

“腹診なしではありえない”

という感じで、あらゆるところに腹症のことが書かれているのです。ただ、残念なことに実際にお腹を触ってみた感じというのは、なかなか本を読んだだけではイメージすることができません。

 また、中医学の勉強は理路整然としているので、直接、先生について学ぶ伝統的な師弟関係はあまり必要ではないと感じていたのですが、感覚的な部分も大きい腹診(日本漢方)を学ぶには、やはり“師匠が必要なのではないか”と感じるようになりました。

 どうせ学ぶならば良い先生につきたい……。

 日本漢方の真骨頂である腹診が上手な先生がいいな……。

と思っていたところ、寺師睦宗先生の講義を聴く機会がありました。

 恋愛と同じく弟子と師匠の関係にも相性というものがあるように思いますが、寺師先生に出会った時、

「私の漢方の師匠はこの先生だ!」

と直観しました。


腹診を学びに、漢方塾へ入門

 現在92歳の寺師先生は、漢方の世界では大変有名な先生で大御所と言える先生です。

 ただ、今でこそ漢方は見直されつつありますが、先生が漢方専門で開業し始めた当時は、親類縁者が心配して止めにくるほど漢方に対して偏見があった時代でした。そのため大変ご苦労されたそうです。

 寺師先生といえば不妊症を専門にされていることで有名ですが、初めからそうだったわけではなく、ある時妊娠した患者さんのとても喜ぶ姿を見てから、不妊症を専門にしようと思われたそうです。ちょうど不妊症が増えていた時期でもあり、テレビに取り上げられた後は予約は2年待ちという時期もあったようです。

  この不妊症の治療に欠かせないのが腹診です。どこがどのように硬いのか、力が無いのかなどなどを腹診により行い、それによって治療方針を決めていきます。

 私はすぐに先生の主宰する漢方塾に入塾し、さらに先生の不妊症専門の医院・玄和堂で腹診を直接教えていただく幸運に恵まれました。

 玄和堂での研修は、毎回目から鱗の衝撃的で楽しい学びの時間でした。

 先生はわずか数秒、患者さんのお腹に触り、

「おなかが固いね、石の女」

「ずいぶん冷たいお腹だな、氷の女」

 などと言いながらパッパッと処方を決めていきます。

 先生の指先には、まるでどんな精密機械にも負けないセンサーがあるようでした。

 脈や舌だけでは分かりづらいことも、お腹を触ると一目瞭然ならぬ一触瞭然、あっさりと処方が決まってしまうこともあります。

 こうした経緯で腹診の勉強をスタートしたわけですが、学べば学ぶほど腹診はいろいろなことを教えてくれるのだということに気づきました。

 そうしたなかで、最初に書いたように、腹診を漢方処方の決定のために専門家だけが使うのはもったいない、

「広く一般の人に知ってもらい普段の健康管理の一手段にして欲しい!」

と思うようになりました。


腹診ってなに?

 さて、改めて「腹診」です。

 先ほど書いた通り、「腹診」は漢方の診断技術の一つです。

 お腹を触ることにより、体の中のどこに不具合があるのかを判断して、その後の漢方的な治療方針を立てる材料とします。

 先に紹介したの『舌診入門』にも書きましたが、「漢方」とは中国古来の医術のことで

湯液(とうえき:漢方薬のこと)

鍼灸(しんきゅう)

按摩(あんま)

導引(どういん)

養生(食養生などを含む生活指導)

などが含まれ、これらをトータルで行う治療を指します。

 漢方薬を服用することだけが「漢方」ではないのですね。むしろその前の診断がとても大事なんです。


漢方の治療法はオーダーメイド

 私の鍼灸院に来る患者さんのなかには、

「病院にかかったけれど、担当医の先生はずっとパソコンを見ていて私と一度も目が合わなかったんですよ」

などというお話を聞くことがあります。

 確かに検査データから治療方針が全て決まってしまうとしたら、患者さん本人に触る必要もないし、見る必要もないということなのかもしれませんが、ちょっと寂しい話ですね。

 漢方の診断ではこういうことはあり得ません。

 診断は、見る、嗅ぐ、聞く、触る……といった五感の全てを使い、丁寧にお話を聞いて行います。

 この時の診断方法は四種類で「四診(ししん)」といいます。

望診(ぼうしん)……..顔色や舌の状態を見て診断する

聞診(ぶんしん)…….声や体から発する音を聞く・臭いを嗅ぐ

問診(もんしん)……..問いかけて答えてもらう

切診(せっしん)……..患者さんに触ってする診断。お腹を触ったり脈の状態を診る

 「舌診」は舌を「見て」する診断で「望診」でしたが、腹診はお腹を「触って」する診断で「切診」に含まれます。

 ところで明治時代に日本で漢方が廃止され、ドイツ医学が採用された理由をご存知でしょうか?

 大きな理由のうちの一つに、西洋医学が軍事的な理由、つまり戦争の際に便利な医学だったからということがあります。

 先ほど書いたように、漢方は見て、触って、お話しして……と丁寧に診断するため、診察に時間がかかりますし、処方する薬や治療法も個人個人で違います。

 ところが多くの負傷者が出る戦争の中では、ゆっくり時間をかけて診断をする時間はありません。一律に所定の検査をして、同じ薬や治療法で治療をするのが最も効率が良いですよね?

 そうした背景もあり、明治時代に急速に 日本でドイツ医学が採用されたわけです。時々、「漢方が古臭くてダメな医学だったから廃れた」なんて、思われている方がいるようですが、実際は効果かではなく、戦争という必要性からきたものだったのです。

 そしていま、再び漢方が注目されるようになってきた理由もまたここにあります。

 現代では、ライフスタイルが異なるため、病気の原因も個人個人でまったく違う場合が多いのです。そのため、同じ薬を服用しても治らないことがよくあります。

 そこで大事なるのは丁寧に全体を診てお話を聞き、患者さんと一緒に原因を考えなければ正しい診断や治療法を選ぶことはできません。

 既製品ではなく、じっくり時間をかけて作るオーダーメイド。

 スキンシップと会話が豊富な温かい医療、それが漢方なのです。

 次回からはこの「腹診」で分かることなどを説明していきたいと思います。

(第一回 了)


-- Profile --

著者●平池治美(Harumi Hiraji)

1970年生まれ。明治薬科大学卒業後、漢方薬局での勤務を経て東洋鍼灸専門学校へ入学し鍼灸を学ぶ。漢方薬を寺師睦宗氏、岡山誠一氏、大友一夫氏、鍼灸を石原克己氏に師事。約20年漢方臨床に携わる。和光治療院・漢方薬局代表。千葉大学医学部医学院非常勤講師、京都大学伝統医療文化研究班員、日本伝統鍼灸学会学術副部長。漢方三考塾、朝日カルチャーセンター新宿、津田沼カルチャーセンターなどで講師として漢方講座を担当。2014年11月冷えの養生書『げきポカ』(ダイヤモンド社)監修・著。

個人ブログ「平地治美の漢方ブログ」

http://blog.goo.ne.jp/harumi4567

和光漢方薬局

http://www.kigusuri.com/shop/wakou/

著書

やさしい漢方の本・舌診入門 舌を見る、動かす、食べるで 健康になる(日貿出版社)』、『げきポカ』(ダイヤモンド社)

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