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鈴木秀樹の『エクレアと人間風車』 第五回 フィジカルチェスの教授法③

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来る1月19日より日貿出版社より『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』を上梓する現役プロレスラーの鈴木秀樹さん。鈴木さんは“人間風車”の異名を持つ、名レスラー・ビルロビンソン氏より、キャッチ アズ キャッチ キャン(以下、CACC)と呼ばれる、プロレスの源流ともいえるレスリングを学び、現在フリーのレスラーとして、様々な団体で活躍しています。

そこでコ2【kotsu】では、『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』の出版記念集中連載として、鈴木さんにビル・ロビンソン氏とCACCについてお話しを伺いました。

第五回目の今回は、コンディショニングのお話です。

『エクレアと人間風車』

第五回  フィジカルチェスの教授法③

語り●鈴木秀樹

構成●コ2【kotsu】編集部


メイク・リアクション

痛みによって相手のリアクションを引き出す方法もいくつかありました。首をひねったり、関節を極めたりするのもそうですし、ディフェンスポジションになった相手の太ももに膝をぐって食い込ませて、「痛っ!」ってなった瞬間に崩したりとか。

他には背中に肘を食い込ませたり。そうやって嫌がらせるんです。相手が固まったらそういうアタックをしてリアクションを引き出す。それが「Make reaction」です。

だから自分がリアクションをとらされたらまずいんですよ。そういう状態って、相手に嫌がらせができるような有利な位置を取られてるってことじゃないですか。そもそもそこにいるのがマズイわけだから、位置を変えていく。そして立って向かい合って、イーブンに戻す。

おそらく相手に苦痛を与えてリアクションを引き出すことをやっていたら、時々それで相手が参ったするケースが出てきたのが、サブミッション・フォールの始まりじゃないですかね。いわゆるギブアップです。肩はマットについてないけど、うまい具合に決まっちゃって試合ができなくなっちゃったりした。それで後付けでルールにタップが取り入れられて、関節技みたいなのも生まれてきたんじゃないかと思うんですよね。

『キャッチ アズ キャッチ キャン入門』より

あくまでも狙うのはフォール。相手の参ったで決着がつくサブミッション・フォールは数多くあるゴールの一つ、という位置づけになります。

だからスパーリング中にうまく関節技が決まってもロビンソンは「ふうん」って感じで褒め言葉はでてこない。まあ関節技ってちょっと覚えれば誰でもできるじゃないですか。関節って決まる方向決まってますから。伸ばせば伸びるし、曲げれば折れるし。それよりも延々と相手に付き添って、うまくテイクダウンやブレイクダウンを仕掛けていく。そっちの方に重きを置いていましたね。先の先を読んで、徐々に有利なポジションを確保していく。先の先を読んで、手を打っていく。

僕はロビンソンから直接聞いたことはないんですが、こういうことからも、CACCが「フィジカルチェス」と呼ばれるんでしょう。日本語にすると「肉体将棋」。いやらしいイメージになりますけど(笑)。ロビンソンにはよく言われましたよ。「お前、チェス知ってるか? チェスやるとレスリングうまくなるぞ」って。「わかりました」って答えながら、結局やってないんですけどね(笑)。その意味でCACCは日本人に向いてると言ってましたよ。将棋があるから。日本人って戦略とか作るの好きじゃないですか。「バレーボールもそうだ」って言ってました。Aクイックとか作り出したじゃないですか。そういう国民だから向いてるって。

そうやってロビンソンからいろいろ学んでいくなかで面白かったのが、プロレスの見方が変わっていったってことです。レスラー同士がどんな技術を使っているのか分かるようになってきた。テレビで試合を見ながら、「今のはロビンソンに習った技に似てるな」と。

ドラゴンスクリューとかコブラツイストとか、いろいろとありますね。有名なプロレスの技も、元をたどればほとんどがCACCの技をお客さんから分かりやすいようにアレンジしたものだったりするんです。初代タイガーマスクとして有名な佐山聡さんも、CACCでやってることにメキシコのルチャ的な要素を混ぜることで派手に見せてるなって感じがします。

佐山聡というと飛んだりするイメージがありますし、それがジュニア級の原型みたいになっちゃってますけど、グラウンドもすごいんですよ。地味な技術をちゃんとやる。テクニック自体は今の選手もやってるようなことなんですけど、一つ一つの技が全然すごいんです。


コンディショニングについて

コンディションは重視してましたね。

「テクニックがいくらあっても、コンディションがないと何もできない」

ってよく言ってましたよ。スネークピットジャパンでは、縄跳びとかトランプとか、いくつかエクササイズを教わりましたが、それは宮戸さんからですね。だから宮戸さんがU.W.F.とかから持ってきたものかも知れません。ロビンソンから直接教わったのは、わりと今風のサーキットトレーニングでした。縄跳びを3分やって、踏み台昇降を3分、そのあとまた3分縄跳びみたいな。コシティの代わりにハンマーを振るエクササイズも習いましたよ。振り方が何種類かあるんです。忘れちゃいましたけど。

ただロビンソンは、「二人いる時は、二人でしかできない練習をしろ」という考え方でしたね。ランニングやウエイト、縄跳びみたいな一人でできることは一人でやれと。二人いたらスパーリングをすればいいし、「そもそもお前たちは俺にレスリングを習うためにここに来てるんだろう?」と。

こういうコンディショニングとテクニックを分けて練習する傾向って、ロビンソンだけでなく海外の格闘家にも共通してあるんじゃないですかね。

僕がロサンゼルスのエリック・パーソンのジムで練習してた時、プロの練習はほとんどがスパーリングなんです。それで技術を少し練習する。一般会員の練習もほとんど技術で、コンディショニングトレーニングはほとんどないんですよ。ジムにはちゃんとウェイトの器具とか置いてあるんです。でもそういうのはよそでやってくれ、という雰囲気なんですね。

だから選手でもトレーニングの途中で帰っちゃう人とかいるんです。ウェイトトレーニングをやるために別のジムに行っちゃう。日本だとウェイトもテクニックも全部同じところでやるイメージがありますよね。それはそれで良いと思うんですけど、ロビンソンの教え方はそうでした。

井上さんが試合前かなにかで、ずっとコンディショニングやってたことがあったんです。ロビンソンは「まだ終わらないのか」とか言いながら、終わるのを待ってる。でもいつまでも終わらないもんだから、怒って帰っちゃったんです。杖ついて。

ロビンソンはジムの隣のアパートに住んでたんですけど、井上さんが神妙な顔して迎えに行きました。「ごめんなさい」って。それでロビンソンは「仕方ねえな」って戻って来るんですけど、口押さえてプルプル震えてるんです。笑ってんですね。ロビンソンのイタズラだったんです。

足が悪くてアパートまで行って帰るのも大変なのに、何やってんだろうこの人はって思いましたよ(笑)。ロビンソンはとてもオープンでなんでも教えてくれましたし、そういうお茶目なところもある人でした。

ただ、今とロビンソンの時代の試合は全然違いますよね。まず試合時間が違う。

ロビンソンはよく言ってました。

「今の選手は筋肉つけて瞬発力でバンバンバンってやるけど、あれが1時間もつと思うか? もつわけないだろ」

と言ってました。だから昔のレスラーって今のレスラーと比べると細いんですよ。体幹はすごい太いけど、手足が細い。なのにすごく力が強い。猪木さんや藤原喜明さんもそうですよね。試合のスタイルによって求められるフィジカルは違ってきます。

もしUFCでも1時間1本勝負なら試合展開が全く変わってくるでしょう。僕なら最初からレッグダイブを狙いに行ったり絶対にしない。だって脚をとるのはパワーが必要ですから。おそらく腕や手首を取りにいくと思います。いきなり脚に行くのは余程の実力差がある時でしょうね。

もちろん興行としてはつまらないかも知れないけど、勝負ならそういうものだよ、と。

柔術が強いとかレスリングが強いとか、そういうのは個人の問題であって。その個人だって得手不得手があります。体が大きくて筋肉があっても試合時間が長ければ小さな選手に疲れさせられて、負けてしまうかも知れない。昔はそういう戦略が使えましたから。

強い弱いはルールによって、簡単に変わります。だから「絶対に強いスタイルというのはないんだ」とよく言ってましたよ。ただレスリングと言っても、ロビンソンは「後ろ見せたら上から頭突きで終わりじゃないか」とか「下から引き込んだって上からゴーンって殴られたら終わりだぞ」と言ってて、「発想がMMAっぽいなあ」と思いながら聞いてました。

(第五回 了)

書籍『ビル・ロビンソン伝 キャッチ アズ キャッチ キャン入門』

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著者●鈴木 秀樹(Hideki Suzuki)

すずき・ひでき/本名同じ。1980年2月28日生まれ、北海道北広島市出身。生まれつき右目が見えないというハンディを抱えていたが、小学生時代は柔道を学ぶ。中学時代にテレビで見ていたプロレス中継で武藤敬司に魅了され、プロレスの虜になる。専門学校卒業後、上京。東京・中野郵便局に勤務。2004年よりUWFスネークピットジャパンに通うようになり、恩師ビル・ロビンソンに出会う。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンを学び、2008年11月24日、アントニオ猪木率いるIGF愛知県体育館大会の金原弘光戦でデビュー。2014年よりフリーに転向。ZERO1やWRESTLE-1、大日本プロレスなどを中心に活躍。191センチ、115キロ。

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