象徴天皇制における象徴とは

本日令和元年10月22日、今上天皇の即位礼正殿の儀が行われました。そういう日に少し考えてもいいかなと思うのが象徴天皇制とは何かということです。

昭和20年の敗戦及びその後の人間宣言と日本国憲法によって、戦前戦中に進んでいた天皇の神格化が終わり、天皇及び皇室は日本国民の象徴となりました。

さて、「象徴」とはどういうことでしょうか?

iOSアプリの精選版日本国語大辞典から引用してみます。

しょう‐ちょうシャウ‥【象徴】
〘名〙 (フランスsymbole の訳語)
①(━する) ことばに表わしにくい事象、心象などに対して、それを想起、連想させるような具体的な事物や感覚的なことばで置きかえて表わすこと。また、その表わしたもの。たとえば、十字架でキリスト教を、白で純潔を、ハトで平和を表わす類。比喩が感覚的に把握しやすい類似した具象と具象との関係をたとえで表わすのに対し、象徴は抽象的なものを具象でたとえる場合にいう。シンボル。
*維氏美学(1883−84)〈中江兆民訳〉二
「専ら宗教の説に依り、一種の象徴を定めて以て神の一徳を著はすことを求む」
②哲学で、因果関係によらずに、規約によってそれとは違ったものを表わす記号を一般的にさす。
語誌明治期にはじめて用いられた訳語。「哲学字彙」(一八八一)には「Symbol 表号」とある。中江兆民が挙例の「維氏美学」で、フランス語 symbole に「象徴」を訳語としてあてたのが最初である。
精選版 日本国語大辞典

この「象徴天皇制」での意味合いでは①の方に当たります。

天皇制を日本国民の象徴とするということは、言葉に表しにくい「日本とは何か」「日本国民とは何か」という問いに対して、具体的かつ感覚的に表すということになります。

この意味において、天皇や皇室の在り方が日本を表徴すると憲法で規定されているわけです。

現在の憲法によって象徴天皇制が規定された時点で、時の天皇は昭和天皇、皇太子は今の上皇陛下でした。

昭和天皇がいわゆる東京裁判での戦争犯罪人からは除外された経緯については色んな人が色々と思うところがあるでしょうが、GHQとしては様々な点を考慮してそのような取扱いをしたと思います。そしてその後の昭和天皇は巡幸や儀礼的な行事に専念して象徴天皇を体現していったわけですが、在任期間の最初の三分の一は誰にとっても暗い時代でもあります。後半が控えめな活動でもあったことを考えると、目立たないようにされていたような印象もあります。

昭和64年1月7日、昭和天皇が崩御され、上皇陛下が即位しました。それまでにも高齢の昭和天皇に代わり、全国各地の行事に代理として出席されていましたが、即位後は平成時代を通じて様々な自然災害の被災者をお見舞いされることが多く、歴史上最も多く人と出会った天皇でもあります。

そうした、災害に苦しむ人々を目の前にして、上皇后陛下と共に膝をついて親しく話される姿というのは、
「これが日本国民の象徴たる天皇・皇后であるのではないか」
というお気持ちが反映されていたのではないかとも思えます。

そもそも、日本列島は火山列島でかつ大陸プレートの境目が重なっていることもあり、昔から地震が起きる地域です。また赤道付近で発生する台風の通り道かつ終着点になることも多く、日本が日本として存在する前から自然災害が頻発する地域です。

日本に住む日本人が災害に苦しむのは今に始まったことではないのですが、その災害に苦しむ人に心を痛めて親しく見舞う、というのは日本国民の象徴たる天皇の行動としてはすんなりと理解出来るものでしょう。

また個人的な側面でも民間から皇后(当時は皇太子妃)を迎えたことやテニスをして親しくなったりプロポーズしたりといったエピソードの数々は、戦後の日本を明るくする一面もあり、新しい日本人の象徴でもあったでしょう。

また、子どもの結婚に関しても次男(現秋篠宮皇嗣殿下)の方が長男(今上天皇)よりも早かったことなどは、昔であればあり得なかった話です。これは民間のいわゆる「ええとこ」の家でも長男の結婚を優先する時代は昔はありましたが、今でもこだわる家は少なくなったことでしょう。

今の皇后陛下についてもバリバリのキャリアウーマンだったことや海外在住経験・留学経験なども平成の時代の女性の象徴であったかも知れません。昭和後半に男女雇用機会均等法が施行され、女性の社会進出、総合職への就職が増えていった時代でした。

子育て、後継ぎ、教育、学校、病気などどんな家庭にも起こりうる悩みが皇室にも存在します。そういった悩みは以前はそもそもおおっぴらにならないか、問題が起きないよう何らかの強権で押さえ込むかしていたはずです。難しい問題が皇室にもあるということは、保守的な人にとっては忌々しいことかも知れませんが、ある意味、天皇と皇室が国民の象徴であることを体現しているから発生しているとも言えます。

日本国憲法が規定する象徴天皇制は、昭和から平成そして令和を通じて浸透し、当たり前のことになっています。日本国民の良いところも悪いところも、そして皇室制度の良いところも悪いところも包摂しています。

今回の即位礼の後の祝賀パレードが台風被害が大きいということで延期となりましたが、これも日本という国がどういう国なのか、台風被害や延期されることも含めて、全てが日本の象徴であると思います。

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