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自句集「月に歩む」 古田ひろと

●古希を迎えて・2011年〜2020年

「みちのく」  2011年自選10句

寒月の欠片を落とし波さざら
船室に人少なくて春浅し
寒明けやひそと点りし港の燈 
みちのくのみたまおもひし桜かな
網元の一族が消え枇杷の雨


月の路地むかし聞こえし下駄の音
秋風や月の暗きに君を待つ
瀬戸の潮眺めておりぬ浜小菊
鎮信の献茶の古刹石蕗の花
風垣や遁れざる苦も未だあらむ

「紫蘇の実」  2012年自選10句

父母の無き家に吊らるる初暦
彼方へと花を捧げん二月かな
人恋えば乱るる東風のおさまらず
会合に不義理をしたる種物屋
人の声少しずつ増え夕蛍

紫蘇の実や松浦党の姓一字
蓑虫は沈思黙考してまする
やや寒むに祭り稽古の熱帯びぬ
花柊受難の後の白さかな
探す家此処かと聞きぬ花八手

「わたつみ」  2013年自選10句

闊歩する出初団員晴れ舞台
恋の火は消さじと焦がす出初かな
寒明けやドック離るる渡海船
ご詠歌の彼岸詣りや鈴の音
島に建つ耕牛の碑や潮溜まり

前町長への献句
オリーブ島夢み耕す爺一徹
わたつみも駘蕩したる春の昼
牧童の無き番岳に青き踏む
遙けしや金比羅相撲夏は来ぬ
台詞失す失笑拍手の村芝居

「蝿叩」  2014年自選二〇句

先達のいろはかるたや島謳ふ
探梅の名所となりぬ廃家かな
異人墓碑麦踏の唄聞いており
椿落つたむける先の地蔵かな
 闇に浮く身の抜け殻や春の地震
 
吟行へ竹の秋なる船瀬宮
蠅叩 国益改憲振り翳す
さみだれに白墨(チョーク)の音も和らぎぬ 
 夏草やひそむは王か落武者か
ひまわりに破顔一笑教わりし

潮遠見くじら潮吹く月見かな
身の錆も振り落としたき木の実かな
忘らるる鎌倉獄に木の実落つ
乳飲み児をあやし見入るや村芝居
人の名を忘れ山茶花散るばかり


捨てきれぬ未練の紙魚や古暦
島守に生きて老僧暮易し
 ジャガイモにえくぼの数と失恋も
叶わなき夢も祈りも枯芒 
大寒の街に自転車パンクせり

「十薬」  2015年自選二〇句

島瀬戸の雲から出ずる初明かり
屠蘇酌んで達磨の眼ふと笑ふ
立春やつぶやき聞こゆ路地地蔵
水仙の寒きに咲きてかたまれり
十薬や生は偶然死は普遍

椿落つ一村の黙艶めかす
恩愛を偶に忘るる蓬餅
草餅はしばつけの名よ値嘉の嶋
眼に聞こゆ耳で眺むる春の灘
過ぎし日の磯草笛やふづき吹き

卯月野や風も美味かろ牧の牛
夏場所や歓声上がる路地床屋
過ぎし世やおかっぱ髪と天花粉
紺を背に窓に溢るる百日紅
島昼の悲鳴サイレン敗戦忌

流木を焚き濁世の迎火とす
村芝居前夜稽古の赤ら顔
刺さる矢の幾つか抜けず年越しぬ
越年や晩鐘淋し我が古刹
つつがなき凪の年越し祈る島

「海鼠」  2016年自選二〇句

翁つぁんと刀自の楽しき初句会
月遠く白もくれんの点るかな
どの山も主役となりぬ山ざくら
雷神の褥と成るや麦の秋
藤房の揺れ治まらず夜の地震(なゐ)

卯月野や美味き風食む牧の牛
早苗饗や父祖代々の汐井汲み
高きより生き様諭す沙羅の花
日々の憂さひととき離れ百日紅
島中へ不戦のサイレン敗戦忌

廃寺に郭然無聖晩夏かな
島路地の良夜をさるく快楽(けらく)かな
野に来ればひときわ揺るる萩の叢
新船の試し運転小春凪
通学の路延々と曼珠沙華

友と聞く白隠達磨秋澄めり
地図を手に越中巡る冬初め
きのこ鍋三日三晩を飽きもせず
老いるとは捨て去ることと海鼠噛む
北風の尖り巌は抗えり

「海士の家」  2017年自選二〇句

初湯気の向こふに見ゆる大漁旗
丸で呼ぶ島ん漁師の新年会
春浅きチューブの固き絵の具かな
殿崎(とんざき)に春一番か浪猛る
参ろうや天国(パライゾォ)の寺黄水仙

はる雨に河童を語る老婆かな
匂ひ濃き菓子舗の路地に夏立ちぬ
石楠花が迎える朝の山湯かな
うす紅の恋は儚し花水木
虹まとふ真鯖は海都よりの使者

酔客の抜ける島路地梅雨に入る
生節を炙るけぶりや盆の朝
朝顔や遠き月日の海士の家
秋茄子や紺の薄れし過去の夢
やや寒や路地行く人の大くさみ

太古より屈み集めし実(か)椿(たし)かな
冬日和かんころの味太らしむ
冬晴や一湾を統ぶ鳶のこゑ
海鳴りの沖まで続く夕枯野
枯野原登ってみたき本城岳

「浦 風」  2018年自選二〇句

寺訪えば正月軸に達磨かな
波洗ふ崖に寒菊残りけり
無住寺の華やぎゐたる花見かな
花見より戻りし家の暗きこと
新緑に染まるや鳥の眼と脚に

競ふ世に背を向け生きて鉄線花
出港の汽笛きれぎれ梅雨侘し
祇園山車踊る娘の厚化粧
サイレンに蟹走り逃ぐ敗戦忌 
浦風を待って弾ける鳳仙花

補陀落へ宵闇に船渡らしむ
鶏頭に露照る朝の寝癖かな
菊月の風に吹かるる魳かな
秋雲や芝に横たふ牧の牛
身にしむやガスパル玄可殉死悲話

客の無き山の湯来れば冬紅葉
箪笥より母の匂ひや返り花
悪口も愚痴も煮込んでおでん出汁
煩悩の桟に積もるや煤払い
未完への悔いも肴に忘年会


「残 桜」 2019年自選二〇句

潮風に島水仙の揺れ已まず
巡回の人無きバスや春浅し
一斉に牛舎騒めく春の雷
歩で測る古墳踏査の春野かな
残桜や平成に消ゆ延命寺

夜釣舟妻は何時もの湯の支度
城跡は祭りの準備夏の月
老漁師夜釣一代けふも航く
受け流すことを拒みし青芒
身を捨つる雲なき空や沙羅の花


文月の足裏焦げる浜辺かな
流星やクルスの堕つる海の上
ひふみよと友を喪ひ星流る
其処のみは白し無月のマリア像
女高生自転車迅(はや)し秋の暮

浮き浮きと新米の行く村の道
風に落つ林檎農家の涙かな
冬来る島を離るる杜氏かな
麦畝の曲がり無き列十二月
良きことも幾つか有りと実千両

「路地小春」 2020年自選二〇句

寒すずめ廃寺に御(お)座(わ)す仏たち
死せる鳥土に眠らせ涅槃西風
人類にマスクしか無き山笑ふ
客足の溢れ夏めく種物屋
花蜜柑いつしか増えし白髪かな


芸術に生きし友の訃梅雨めきぬ
夏の海刻まれ海人(あま)の皺太し
一輪を待ちかね集ふ蓮見かな
がたろ視た爺やんの咄銀河濃し
帰る人還らぬ人や島銀河


餓死病死水死焼死敗戦忌
秋の夜の路地に煮付けの匂ひかな
遠干潟果てなき秋の暑さかな
自分史をしたため始む夜長かな
行き逢ふて二言三言路地小春

友人足利由紀子さんを悼む
残念とうめき弔ふ秋干潟
水底の落葉は空を懐かしむ
今は無き遊郭跡や夜の落葉
人住まぬ路地に揺るるや花八ッ手
裸木に成りてはじめて見上げらる

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